日記・コラム・つぶやき

2018年2月19日 (月)

2018年02月18日

2018年02月18日

 

 今朝は、くっきりとした存在感のある富士が見えました。薄い雲はありましたが、良い天気でした。

 昨日は見なかった、フィギュアースケート男子の表彰式を、今日ニュースで見ました。表彰台の上に、日本の国旗が揚がり、日本国歌が聞こえると、何故かじーんとしました。この「何故か」というのは、私の素直な気持ちです。筋の通った理由を説明することが出来ないのです。自分が愛するもの、誇りに思えるもの、尽したいと思うものの頂点に、国家があるような気がします。しかし、官製の愛国心には、愛想が尽きていますし、不気味なものを感じます。戦争へ駆り立てる為のマインドコントロールではないかと思うのです。自分の心の中に、自然にわき起こる愛国心と、官製の愛国心と何処がどの様に違うのか、私の中で、明確になっていないのです。

 オリンピックの表彰式で、国旗掲揚の際、拳を突き上げるシーンを見たことが有ります。誰にでも愛国心が有る訳では無いようです。また昔から、多くの国で、他国との戦争において、敵を沢山殺し、自国を守る人は英雄視されてきました。愛国心の問題は、簡単ではないようです。ゆっくり考えて見たいと思います。

 今日も、3時位から、西府緑地(公園)巡りから、関戸橋を渡り、浅川との合流点の河原、そして四谷橋を渡って戻るコースを歩いてきました。

 多摩川の左岸、土手下の道の1本内側の道を歩くと、3つの西府緑地があります。西府というと、府中崖線の所にある南武線の西府駅のイメージしかない為、多摩川縁で、西府の名前がついた緑地には、若干違和感があります。

 四谷桜公園から野猿街道を越えると、最初の西府緑地になります。多くの遊具を備えた公園で、子供達に人気があり、今日も沢山の子供達が遊んでいました。私も、孫達が来ると、何度か一緒に遊びに来た事があります。

 最初の緑地から、四谷小学校、府中第8中学校を過ぎると、2番目の西府緑地になります。テニスコートやゲートボールが出来るような広場、梅並木、スポーツの練習広場などがあります。この公園で、何故か朱く色づいた南天が並んでいました。また、我が家のベランダで咲いている黄色い花を見つけました。花の名前が分らなかったのですが、今日は簡単に分りました。黄梅でした。中国語名は迎春花、英語名はウィンター・ジャスミンだそうです。なかなか洒落た名前でした。ベランダで、冬の寒い時期に花を咲かせたので、狂い咲きかと思ったのですが、全く正常だったのです。昨日、一所懸命花の名前を調べた時、名前を簡単に調べる方法が分りました。素直に、花を見た感じで検索すれば良かったのです。今日は、(枝垂れ、黄色い花、冬)で検索した所、黄色い花の写真が沢山出て来ました。その中から、知りたい花を見つけました。ネットの情報量、情報を検索する力の凄さを改めて感じました。

2番目の緑地から、キューピーマヨネーズの工場を過ぎると、3番目の西府緑地になります。今は、冬木立の小さな公園で、水が抜かれていますが、春になると、水が入れられ小さな池となり、新緑やネムノキの花が水に映ります。この公園で、西府緑地は終わり、白椿と栃の木並木を歩いて、中河原公園に入りました。鎌倉街道を挟んで、二つの中河原公園があり、鎌倉街道の向こうの中河原公園には、棗の木があります。

 今日は、鎌倉街道を渡らないで、関戸橋を渡り、多摩川の右岸の土手に出ました。通常は、聖蹟桜が丘の街に寄るのですが、今日は寄らないで、四谷橋の方へ向かって歩きました。昨年秋の大雨で、浅川と多摩川の合流点が、四谷橋の下流になりました。その合流点に向かって、川岸を歩いていると、沢山のコガモが泳いでいました。そして、向こう岸にも、休んでいるコガモ等の長い列がありました。そこに、近づいている人影が見えました。「鴨達が逃げるから近づくな」と心で念じたのですが、全く通じず、ずかずかと鴨達が休んでいる場所に近づきました。しかし、お陰で、小鴨の群れの大移動を写真に撮ることが出来ました。小鴨達は、遠くへ逃げるのではなく、近くで泳いでいる鴨達と合流しました。コガモが約200羽、真鴨が30羽、バンが20羽程度の大集団になりました。この中に、たった一番(つがい)のキンクロハジロがいました。多摩川にこれ程の鴨達が集まるのは、これまでの例からすると、北帰行が近いのです。

 鴨達の写真を何枚も撮った後、浅川との合流点の河原に行きました。四谷橋の上から見ると、中州との間は、細い流れでしたので、中州へ移ろうと思いましたが、実際に近づいてみると、老人が渡れるような幅ではありませんでした。河原には、人形のようなケルンが、沢山出来ていました。私も一つ作りましたが、石の重いこと重いこと、力の衰えをしみじみと感じました。 

 河原から土手に上がり、四谷橋を渡って、我が家に戻りました。6時前でした。丁度、女子のアイスホッケーの順位決定戦予備選をやっていました。相手は、準決勝で敗退した、スウェーデンでした。予選の時、2-1で負けたチームです。予備選の意味、何故相手がスウェーデンなのか分りませんでしたが、今度は、日本が、延長戦の末、2-1で勝ちました。これで、6位以上を確保したことになるそうです。K君が、大喜びしている顔が見えるようでした。

 夜、9時頃、女子のアイススケート500mを見ました。小平選手が、見事金メダルを獲得し、感動しました。3000mでメダルを取れなかった時の顔を見て、どのレースでも良いから、是非メダルを取って欲しいと思っていたら、1000mで銀、500mで金メダル、世界一になりました。悲愴だった顔が笑顔になりました。ジャンプの高梨選手もメダルが取れましたし、本当に良かったと思いました。

 

「ベランダの 黄色き花は 迎春花 確かに春の 気配を感じる」

「この時期に 紅葉するか 南天さん 君の上には 梅の花咲く」

「白椿 何故か馴染めぬ 花の色 椿は赤と 心が叫ぶ」

「鴨達の 午睡邪魔する 無粋者 鴨等慌てて 空へ飛び立つ」

「鴨達の 慌てる姿 撮りまくる 無粋を越えた 無礼者めよ」

「コガモ等の 群れに混じって 一番 仲間とはぐれた キンクロハジロ」

「草も無く 賽の河原を 思わせる 河原に並ぶ 石の塔かな」

「我もまた 河原に一つ 石の塔 老いた身体に 石の重さよ」

「昨日今日 オリンピックの 大舞台 輝く同胞 胸を熱くす」

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2018年2月18日 (日)

2018年02月17日

2018年02月17日

 

 今朝も、良い天気でしたが、富士が見えませんでした。14日、三浦半島を歩きましたが、何故か富士を見ることが出来ませんでした。相模湾の向こうに富士を見るのが楽しみだったのですが、どうしたのでしょう、天気は最高だったのですが、、、。

 今日は、ガス漏れの探知機の交換の日でした。1時から3時の間に来るように頼んだところ、2時頃、丁度羽生選手の演技の最中にやって来ました。交換作業中に、羽生選手の演技が終わり、ショートとフリー綜合で、1位となりました。この時点で、メダルは確定しました。その次に、ショートで2位のスペインの選手と、3位の宇野選手が演技をしました。結果は、2人とも羽生選手には届かず、宇野選手がスペインの選手を抜いて、2位になりました。日本の選手が、金銀のメダルを獲得しました。これまでで初めてのことであり、今後も有るかどうか分らない、歴史的な瞬間を見ました。作業員と一緒に、この喜びを分かち合いました。羽生選手のオリンピック2連覇も、66年振りの快挙だそうです。

 他の人がやったことですが、歴史的な瞬間を見たという興奮を醒まして、3時頃から、近くの多摩の里を歩いて来ました。

 土手の道に出ると、強い北風が吹き抜けていました。この土手の道を「府中かぜの道」と言います。この「かぜの道」を奥多摩下ろしの冷たい北風が吹き抜け、まさしく「かぜの道」になっていました。四谷橋の上に出ると、風は一段と強くなり、注意して歩か無いと、よろけそうでした。

 四谷橋を渡り、多摩川の右岸をほんの少し歩くと、土手に1本だけ有る河津桜が、1輪の花を咲かせていました。明日にも咲きそうな、はち切れんばかりの蕾は、幾つもありました。もうすぐ春ですね、これからは、花のリレーが続きます。

 程久保川から百草園駅へ向かうと、アパートの椿の生け垣の後ろで、白梅が満開でした。花の少ない冬の間、赤い花を咲かせ続けた椿が、未だ頑張っていました。冬の日に、梅も椿も輝いていました。

 百草園駅を越えて、七生丘陵の登り口の家に、軒から下がった蔓に、下向きの花が満開でした。八王子城址公園の近くでも見たことがありましたが、名前が分りませんでした。後で、一所懸命調べたら、クレマチスの一種で、ウィンターベルと言う花だと分りました。名は体を表すと言いますが、本当に冬に咲くベルのような花なのです。今日は、一つ勉強しました。

 七生丘陵の尾根を少し歩いて、百草園に出ました。この辺りの梅の名所の一つです。百草園は、北側の斜面にあり、梅は、まだ2分咲き程度でした。百草園から、百草八幡神社、枡井緑地を抜けて、旧家が多い南斜面に出ました。そこの家の梅は、何処も満開でした。矢張り日当たりが良いからでしょう。

 この旧家の一画に、百草観音の小さなお堂があります。人が住むようなお堂ではありません。ところが、武相九番百草観音札所と書かれた石柱が立っています。このような札所は、近くの家が御朱印を預かっている事があります。多摩十三仏第九番永山阿弥陀堂がそうでした。そのことを思い出して、近くの二軒に行ってみましたが、人気が無く呼び鈴を鳴らす勇気が出ませんでした。この散歩道は、これからも何度も歩くでしょうから、次の機会にしましょう。

 百草観音から、由木農場、大乗寺を経て、大栗川に出ました。この川はカルガモの天下です。何羽もカルガモが泳いでいて、雄も雌もいるのでしょうが、全部同じに見えました。少し離れたところに、コガモが泳いでいました。その横の川岸に、青鷺が、首を折りたたんで、いかにも寒そうに立ち尽くしていました。もっと風を避けられる適当な場所は無いのですかねー、、、。

 6時過ぎに家に戻り、今日は、寅さんを見ました。シリーズ第44作目でしたので、もうそろそろお仕舞いです。最終作は、阪神淡路大震災の模様が描かれていたように思います。寅さんの渥美清が、満足に身体を動かせなかったように思えました。もう渥美清も思い出の人となり、柴又で銅像になってしまいました。人の世の常とは言え、寂しい気持ちがしました。

 

「冬の午後 奥多摩下ろしの 風の中 河津桜の 花の一輪」

「生け垣の 椿の紅と 梅の白 何を祝うや 見事な紅白」

「冬の日に 軒から下がる 白き花 名前の通り ウィンターベル」

「春を呼ぶ 梅を訪ねて 多摩の里 旧家の庭の 梅は満開」

「日の影が 岸辺に延びる 夕暮れに 首をすくめて 青鷺の立つ」

「一世を 風靡したる 名役者 昔の姿で 町に佇む」 

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2018年2月17日 (土)

2018年02月16日

2018年02月16日

 

 あれが富士かなー、見えているような、見えていないような、良い天気なのか、そうでないのか分らない、そんな朝でした。

 午前中にやるべき事は、11時頃には終わったので、それから男子のフィギュアスケートを見ました。羽生選手が、足の怪我を克服して、どの様な演技をするのか興味がありました。テレビで、さんざん煽り続けるものだから、フィギュアスケートに左程興味を持っていなかった私も、ついつい興味を持ったのです。羽生選手の滑りは、本当に怪我をしていたのかと疑うような、格の違いを見せゆける素晴らしい演技でした。当然、第1位になりました。明日のフリーが、どうなるのか、また楽しみが出来ました。

 男子のフィギュアスケートの全ての演技が終わったのは、2時半を過ぎていました。その為、散歩に出たのは、3時頃でした。これでは、遠出をすることは出来ません。どうやら、オリンピックの期間中は、近場の散歩で我慢せざるを得ないようです。

 先ず、聖蹟桜が丘に出て、郵便局から、墓地のある寺と被爆者団体に、年会費を振り込みました。年の初めは、年に1度の振り込みが、10件近く発生します。自動引き落としの物もありますし、ネットから送金する物もあり、今日のように、郵便局から振り込む物もあります。郵便局からの振り込みは、今日でお仕舞いです。

 郵便局の前が、何時も通っている歯医者なので、歯のクリーニングを予約しました。前回クリーニングを担当してくれた、歯科衛生士が、2ヶ月に1度クリーニングした方が良いというので、その勧めに従った訳です。予約の時間も、午前中最後の12時半からにしました。これも、歯科衛生士の要望なのです。通常、歯のクリーニングは、次の予約もあり、30分が限度なのですが、45分位かけて、しっかりとクリーニングしたいので、後に予約が入らない時間に予約して欲しいと言うのです。こうまで言われたら、従わない訳に行きませんでした。

 聖蹟桜が丘から東府中に出て、「府中の森公園」に行きました。この公園にも、小さいながら梅林があります。昨日、一昨日と暖かい日もあったのですが、ここの梅林では、2本の梅の木に、1分咲き程度の梅の花が咲いていただけでした。一昨日歩いた湘南地方とは、えらい違いでした。

 梅林の近くに、小さな池が2つあります。この池には、例年、真鴨がやって来るのですが、今年も来ていました。4番(つがい)8羽の真鴨でした。既にカップリングが出来ているようで、番毎に仲良く泳いでいる所へ、カルガモが何羽も擦り寄っていました。恋路を邪魔しているようではないのでしょうが、マガモは、何となく嫌な顔をしているように見えました。マガモの雌は、カルガモに似ていますが、顔を見ると直ぐに違いが分ります。逆に、カルガモの雄雌の違いが、未だによく分りません。

 私と同じように、1匹の猫が、鴨達の泳ぎを木陰で見物していました。そこへ、黒猫が擦り寄ってきて、見物している猫にちょっかいを出しました。何故、ちょっかいを出したのか訳が分りませんでした。黒猫の指定席だったのかも知れません。突然激しいバトルが始まりました。勝負は、あっさり決まって、黒猫の方がその場を立ち去りました。

 公園の中にある、府中市美術館で行われている、「府中市民美術展2018」を鑑賞しました。水彩画、油彩画、版画、絵手紙等、様々なサークルから、作品が出展されていました。恐らく、サークルに入って余生を楽しんでいる、老人達の作品だと思いました。玄人肌のものもありましたが、殆どが素人のものでした。我が身を振り返りながら、毎日、やることを探すのが、老いの生き方だと思いました。そして、老いから始める物は、それまでにやったことの無い物が良いと思いました。伸びしろが、沢山あるからです。

 チュウバスで、府中駅に出ました。魚屋の浜喜屋で、晩酌用に鰯の刺身となまこを買いました。今日の晩酌は、日本酒となりました。夜のオリンピックは、男子のカーリングを見ました。ニュースで、羽生選手の滑りを、3度も見てしまいました。

 

「春近し 君と一緒に 北帰行 体寄せ合う 真鴨のカップル」

「真鴨等の 仲睦まじき 語らいに 焼き餅焼きて カルガモ擦り寄る」

「目を細め 鴨等の泳ぎ 眺めつつ 午後を楽しむ 木陰の三毛猫」

「三毛猫の 座る木陰は 我の場所 抜き足差し足 黒猫迫る」

「突然に 陣取り合戦 三毛と黒 三毛に軍配 黒猫逃げる」

「毎日を やること探して 一苦労 老いを生きるは 容易ならざり」

 

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2018年2月16日 (金)

2018年02月15日

2018年02月15日

 

 薄雲が、空を覆った朝でした。薄雲の下に、薄らと富士の姿が、見えていました。

 一昨日、北朝鮮のことについて少し触れました。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の建国においては、北朝鮮の地理的位置、国が出来た頃の世界情勢、日本の植民地からの独立等、様々な事情があるとは思います。どんな事情があれ、現在の北朝鮮には、私が嫌いなものばかりがあります。内政面においては、話しに聞いた、戦前の日本の軍国主義より、更に悪いように思います。

 一番許せないのは、世襲権力です。国民の主権をないがしろにする国が、民主主義人民共和国を名乗らないで欲しいと思います。次に許せないのは、自由の封殺です。国家に対する批判は、即座に反逆罪になり、粛正されます。民主主義社会の中では、最もあってはならないことだと思います。次に許せないのは、軍備拡張の為に、国民生活を犠牲にすることです。書き始めると切りがありません。ロボットのような軍事パレード、一糸乱れぬマスゲーム、官製の芸術・音楽、官製の応援団、見ていると背筋に悪寒が走ります。

 米国は、日本を壊滅させた敵国ですが、日本国民に、民主主義と自由をもたらしました。予期しなかった米国による占領政策が、米国に対する憎しみを忘れさせ、軍国主義国家を再現させない決意を日本国民にもたらしました。米国は、日本の占領政策が、余りにも上手く行ったので、何処の国にも通用すると思ったようですが、アフガニスタンやイラクなどでは、日本のようには旨く行かなかったようです。9.11のテロ以降、先制攻撃を辞さない米国は、狂気に陥っているとしか思えません。

 現在の北朝鮮を、民主主義に変える事は、良いことかも知れません。結果だけを考えると、私も良いことだと思います。しかし、北朝鮮は、戦前の日本のように、外国に軍を派兵し、外国の領土を占領し、他国を植民地化している訳ではありません。北朝鮮が、外国に被害を与えているのは、拉致問題だけではないでしょうか。むしろ、内戦状態の国に派兵しているのは米国です。このような状態で、米国の先制攻撃は、大国の横暴としか思えません。金正恩が、国内で行っていることを、国際的に行うようなものです。どうか自制して、暫くは雪解けの今後を見守り、北朝鮮の春を待って欲しいと思います。現在の北朝鮮の国家体制に、韓国が吸収されるので許せませんので、韓国への米軍の駐留は認めましょう。その方が、米国の軍需産業にとっても良いでしょう。

昨日、姪から電話がありました。就職が決まったそうです。姪は、もう随分昔に、漫画家になる夢を持って上京しましたが、なかなか思うように行かず、就職していました。しかし、高卒で資格を持っている訳でもないので、責任ある仕事が出来ず、1昨年会社を辞め、職業訓練校に入学し、経理の資格を取りました。今回、その資格を生かしての就職が決まったのです。自分で自分の道を切り開いたのです。小さい頃から知っている伯父として、本当に嬉しいと思いました。落ち着いたら、就職祝いをやりたいと思います。

今日は、13日と14日の、2日分の日記を書いたので、書き終えたのが、4時近くになってしまいました。目がしょぼしょぼして、見えない目が、更に見えなくなりました。こんな時は、外を歩くのが一番なので、遅くなりましたが、聖蹟桜が丘まで歩きました。四谷橋の近くの柳が、何となく緑っぽくなっていました。そろそろ芽吹きが始まるのでしょう。暖かくなったり、寒くなったり三寒四温が続いていますが、春は着実に近づいているのを感じました。

聖蹟桜が丘で買い物をして、我が家へ戻りました。6時近くになっていました。メールを見ると、K君から、スマイルジャパンが、韓国と北朝鮮の連合チームに勝ったとメールが入っていました。どうも平昌へ行って応援していたようです。メンバーとの写真も送られてきました。彼の女子アイスホッケーへの思いは、筋金入りです。

夜は、酒を飲みながら、女子のカーリングの韓国戦を見ました。解説者が作戦を上手に解説してくれたので、とても興味深く見ることが出来ました。オリンピックという一大イベントが行われているお陰で、毎晩退屈せず、美味しい酒が飲めています。3000mの1500m女子スピードスケートで、メダルを逃した小平選手が、1000mで銀メダルを取りました。女子スキージャンプで、高梨選手も銅メダルを取りました。私の心まで、ほっとしました。オリンピック以前の彼女達の活躍が、あまりにも素晴らしかったので、マスコミからのプレッシャーが、想像を絶する程きつかったと思います。本当に良かったと思いました。明日が、羽生君のフィギャースケートです。

 

「スポーツや 娯楽事業の 隆盛は 国が滅ぶと 言われているが」

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2018年2月15日 (木)

2018年02月13日

2018年02月13日

 

 まさに快晴、そんな朝でした。今年は、富士が綺麗に見える日が、多いような気がします。

 北朝鮮の幹部は、本国に帰り、韓国での処遇につき、金正恩最高指導者に詳細に報告したそうです。これにより、金正恩主席は、韓国の処遇に対する、謝礼の意を表明したそうです。ニュースでは、この南北融和の盛り上がりを、日本政府も米国政府も、歓迎していないと報じていました。そして、北朝鮮への圧力を更に強めるべきだと、関係国への呼びかけを強めているようです。

 北朝鮮の共産主義革命は、ロシアのように、国内の世襲権力に対する革命ではなく、朝鮮を植民地として支配していた、日本に対する抗日パルチザンとして発生し、同様な抗日戦争を起こしていた中国と協力して、抗日戦争を戦ったようです。同時に、共産主義を世界に広めようとする、ソ連の協力も得たようです。そして、抗日戦争は、自らの力ではなく、現在対立している米国が、日本を壊滅させたことにより、植民地支配からの独立を獲得し、朝鮮民主主義人民共和国と称する共産主義国家を建国しました。

 北朝鮮は、韓国の民衆を蜂起させ、共産主義による国家統一を図る為、韓国に侵攻し、一時は、釜山近くまで、韓国軍を追い詰めました。ところが、期待したように民衆の蜂起は起きず、共産主義の拡大を恐れていた米国が、日本に駐留していた軍隊を、国連軍と称し韓国軍支援に向かわせました。後に言う朝鮮戦争の始まりでした。命軍の支援で韓国軍は持ち直しましたが、北朝鮮に対する、中共やソ連の支援もあり、戦争は、38度線近くで膠着し、現在の休戦状態になりました。

 この時の米国は、共産主義拡大の阻止が、最大の課題でした。しかし、その後世界は動き、ソ連の中心であったロシアは、共産主義国から自由主義国となり、ソヴィエト連邦は崩壊しました。中国も改革開放により、経済は自由主義経済を採用するになりました。

 時代は、止まることなく流れます。焦眉の問題である北朝鮮の問題は、今後どうなっていくのか、我が国にとっては重要な問題です。私は、現在、米国が基本的な国際政策に於いて、明確な方針が定められない状態だと思っています。裏の軍需産業の問題は置いといて、表向きの米国の世界戦略が見えません。米国内の政策集団も、いかなる国際戦略が良いのか、決めきれないのではないかと思います。このような状態だからこそ、世界のリーダーとしての戦略を持たないトランプのような大統領が生まれたのだと思います。この結果、米国の戦略は、突然変わる可能性があります。安倍総理が、必死でトランプ大統領に忠誠を尽しても、突如、北朝鮮と米国が和解する可能性があることを、考慮しておく必要があると思います。

 今日は、次男が休みの為、午後暫く、ピョンチャンオリンピックを一緒に見ました。冬季のスポーツに対しては、二人とも、経験も無いし、テレビで見ることも、殆どありません。ところが、今日、女子と男子のスノーボードハーフパイプの予選を、ずっと見ていたら、技の難度、完成度などが分るようになりました。次男と得点の予想をすると、二人がほぼ同じで、採点の結果もほぼ同じでした。

夕方から、大学のOB会関連の委員会の会議が予定されていたので、家を出て都心の大学へ行きました。この委員会の活動目的、活動の仕方について、委員の合意を得ることが、結構難しく、今回、更に次回も、基本合意形成の為の議論を続けることになりました。

会議の後は、酒を飲みながら、会議に続きをやりました。酒を飲むと細かいことは抜きになりますので、合意の形成は早くなる事もありますが、自己主張が強烈になり、喧嘩騒ぎになる事もあります。今日は、前者の方になり、穏やかに美味しい酒を飲みました。酒の肴も美味しくて、10時半を過ぎてしまい、家に帰り着いたのは、12時近くとなりました。

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2018年2月13日 (火)

2018年02月12日

2018年02月12日

 

 快晴と言って良い朝でしたが、何故か富士は見えませんでした。富士の方に、雲があるとは思えないのですが、丹沢も見えないから、矢張り雲があったのでしょう。

 韓国で行われているピョンチャンオリンピックは、北朝鮮の参加で、話題が沸騰しています。未だに、1民族が2つの国家に別れ、戦争状態なのは、朝鮮半島しかありません。今回のオリンピックが、南北融和の糸口になるのではとの期待もあります。

 私も、この年まで生きてくると、歴史的な出来事、そして色んな考え方が、生物としての人間の業ではないかと思うようになりました。生きる為の食べ物をどう確保するか、他の人より、出来るだけ多く、出来るだけ楽な方法で、食べ物を確保し、その確保の仕方(体制)を永続的に維持出来るか、この命題の元に、国家の誕生、戦争の勃発、貴族による圧政、新世界の征服、弱小国の植民地化、奴隷制度、共産主義革命、第2次世界大戦、イデオロギー対立、冷戦、朝鮮戦争等々、人間世界の歴史が築き上げられてきました。

 この歴史が、動物の縄張り争いのように生物の業であれば、民族や宗教、国家体制の相違に基づく争いは、根本的に解決する手段は無いのではないかと思うようになりました。強大な理性と力を持った1国による世界支配か、SFの世界のように地球外の敵の出現のように、非現実的な方法しか思いつかないのです。民族による世界の棲み分け、国家観の富の偏在の緩やかな解消、国家内の富の配分の平等化、段階的な人口減少、労働そのものが個人の豊かな人生に繋がる社会の実現、IT技術の効果的活用等々、か弱い平和主義者の考えなど、何処かに、消えてしまいそうです。

 朝鮮戦争は、共産主義の拡大が、自国の政治経済体制をも破壊させると恐れた米国が、内戦に介入した戦争だと思います。米国と米国の考え方に賛同する10数カ国の軍が、国連軍として参加しました。しかし、国連では、国連軍の結成は否決されましたので、国連軍と称しているのは、内戦に参加した国々だけです。

現在、韓国に駐留している軍隊は、米国軍だけです。軍隊の派遣の仕方が特殊だったので、そう簡単に軍は引けないのです。もう一つの理由は、米国の軍需産業の問題です。世界から脅威が無くなれば、米国の軍事物資は、日本を含め、多くの顧客を失い、米国の産業全体の土台を揺るがします。従って、北朝鮮の脅威は、米国にとっては、都合の良いことです。この驚異を、完全に消滅させることはしないでしょう。南北朝鮮が、本当の雪解けが起きるのも、暫くは無いでしょう。

オリンピックを見ながら、色々なことを考えましたが、今日は、標準的な、秘密の池コースを歩いてきました。

最近、まともな雨が降っていないので、浅川の河床が見えるようになりました。昨年秋の大雨の影響で、或る所では、上流が、全部砂礫で閉ざされているのに、水の流れが続いていました。砂礫の下を潜って水が流れ出していました。大雨が運んだ砂礫が、面白い模様を作っていました。

浅川と多摩川の合流点から、300m位上流に、コンクリートのブロックを何列も並べた堰があります。去年の大雨まで、浅川の流れは、堰の中央を流れていました。この為、中央部分のコンクリートブロックの背が低くなり、水没しそうになっていました。ところが、大雨が流れを変えて、両岸を中心に分散して流れるようになり、コンクリートブロックの全てが顔を出し、乾いた状態になっていました。お陰で、私もこの堰を渡って、浅川の左岸に出る事が出来ました。通常は、新井橋を渡り大回りするのですが、今日は、随分近道が出来ました。堰の横では、白鷺2羽が、求愛ダンスを繰り返していました。

この堰を渡って、合流地点の三角州へ出ましたので、仙人の道を通り、仙人の庵の方まで歩きました。すると後ろから、自転車に乗った小父さんがやって来て、「この先に、浅川と多摩川の合流点はありますか、そこまで自転車で行けますか、合流点の広場でどんど焼きをやると言われたので」と聞いてきました。「此処も合流点の一部ですよ、この先直ぐに道はなくなり、滅多に人は来ることはありません。どんど焼きをやるとしたら、四谷橋の方でしょう」と答えると、道が無くなることを確かめて、戻っていきました。

私は、以前、仙人の庵があった所へ行ってみました。しかし、庵は、跡形も無くなっていました。隅の方に、アルマイトの食器と洗濯物干しが埋まっていました。庵は、昨年の大雨で流されてしまったのでしょう。仙人は、亡くなったのではなく、戻って来るのを諦めたのだと思うことにしました。昨年の大雨以来、多摩川の河原に庵を構える仙人が、大分少なくなりました。

合流点から、多摩川の土手に出て、秘密の池に出ました。この所、秘密の池に来る鳥が少なくなったので、カメラ小父さんの姿を見ることは少なくなっていたのですが、今日は、3人のカメラ小父さんが、大きなカメラを備え付けていました。しかし、私には、鳥は見えませんでした。

そこから、石田大橋を渡り、国立のスーパーで、鶏の軟骨を沢山買って我が家に戻りました。

夜は、オリンピック開始以来日課となっている、競技を見ながらゆっくりと酒を飲みました。またしても、アイスホッケーの女子は、3-1でスイスに敗れました。惜しい試合でした。これで、決勝戦に行く可能性は、9分9厘無くなりました。残りの1厘は、連合チームがスウェーデンに勝ち、スウェーデンがスイスに負け、日本が連合チームに勝ち、3チームが1勝2敗で並び、得失点差で日本が2位になる場合だけです。さあーどうなるでしょう。

 

 14日は、朝早くから出かけますので、13日、14日の日記は、15日に書くようにします。

 

「暖かき 日差しの注ぐ 河原にて 白鷺にも春 求愛ダンス」

「爺さんが 堰をピョンピョン 向こう岸 白鷺達も 拍手を送る」

「仙人の 庵の跡に 埋もれてた 昔懐かし アルマイト食器」

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2018年2月12日 (月)

2018年02月11日

2018年02月11日

 

 雲の多い朝でした。昨夜の雨は、お涙程度の雨だったらしく、道路は既に乾いていました。

 今日は、建国記念の日の祝日です。以前は紀元節と呼ばれていました。初代天皇と言われる神武天皇が即位した日、旧暦の1月1日を、新暦の日付、2月11日に改めた祝日です。この祝日は、戦後、昭和23年占領軍によって廃止されたのですが、昭和41年建国記念の日として復活しました。

 神武天皇は、神話の時代の人物であり、実在すら確実ではない天皇の即位の日を、建国記念の日として素直に祝う気持ちになれません。どれほどの国民が、この祝日を心から祝う気になるのでしょうか、疑問です。祝っている人達の集会の様子が、ニュースで流れましたが、何か異様な雰囲気でした。

 何処の国にも、神話の時代はありますので、神話を否定するものではありません。しかし、神話の世界は、現実の政治とは、切り離して欲しいと思います。宗教を政治から切り離す考えと同じです。神話は、宗教と結びつき易いものです。宗教と結びついた神話の世界が、現実の人間を現人神として、現実の政治に関与させ、論理ではなく、信仰心の押しつけで政治を行い、数百万の国民を死に追いやった、日本の戦前を思い出して欲しいと思います。

 一旦、宗教が政治の中に入り込むと、「身命を賭して、神の命に従います」というタイプの人間が、現実政治を支配することになり、身勝手な神の命を作り出し、それに従わない人々を排斥する、恐怖政治になります。このようなことにならないように、国民が理性を働かせて欲しいと思います。その為には、正常なマスコミの報道が重要です。

 今日は、府中駅の方へ行って来ました。昨日、郷土の森公園で特別展が行われていた、府中御殿の位置を確かめに行きました。

 南武線と武蔵野線の府中本町駅の横に、発掘作業をやっていた空き地があります。以前は、イトウヨーカドーの駐車場でしたが、イトウヨーカドーが本町の店を閉めたのを機会に、駐車場は廃止され、発掘作業が始まりました。現在は、発掘作業も終わり、公園として再整備をしていました。今年度中には、完成するようです。この空き地に、「国府跡」の看板がありました。私は、此処が、間違いなく徳川の府中御殿の跡だと思ったのですが、少し怪しくなりました。そこで、大国魂神社の境内(市役所の裏)にある「ふるさと府中歴史館」に行って確かめた所、この地は、昔、府中御殿国府台と呼ばれていたようなのです。今日は、日曜日で係員がおらず、確かめられませんでしたが、恐らく間違いないと思いました。

 歴史館から、参道を通って、伊勢丹の向かい側に出ました。此処から道一つ入った所に、称名寺があります。府中の繁華街のど真ん中で、墓地も含めて、相当な敷地があります。この寺には、これまでに2度御朱印を貰いに来ましたが、住職不在の為、貰うことが出来ませんでした。今日は、運良く住職が、玄関から顔を出したので、御朱印を頼むと、快く引き受けてくれました。住職に拠れば、この寺は、時宗とのことで、時宗の寺は、数が少ないそうです。私も、時宗という宗派を、今日初めて知りました。とても気持ち良い住職で、御朱印の他に時宗のカレンダーも頂きました。時宗は、浄土宗の一宗派で、開祖は一遍上人だそうです。一遍上人は、宗派を作る気は無く、一遍上人の教えに従う人達を「時衆」と呼んでいたのが、何時の間にか時宗に変わったようです。総本山は神奈川県藤沢市清浄光寺(通称遊行寺)だそうですので、何時か行ってみようと思います。

 折角、府中市の繁華街に来たので、魚屋の浜喜屋に寄って、酒の肴を買って、家に戻りました。この店は、未だに現金商売で、通常現金を持ち歩かない私は、思い切った買い物が出来ません。今日は、ホタテの稚貝が、一盛り190円と安かったので、買って帰り、アサリと同じようにバター炒めにしました。

 夜は、ピョンチャンオリンピックを見ましたが、残念ながら、日本選手のメダルはなりませんでした。定期的に行われている国際大会で、好成績を収めている選手も、オリンピックで同様の成績を収めるのは、至難のようでした。女子のスケート3000メートルで、これまで勝利の笑顔しか見たことのなかった選手が、メダルに届かず、顔が引きつっていました。

 

「墓石の 向こうに並ぶ ビルの列 昔も今も 変わらぬ地蔵」

「称名寺 ビルの谷間の 別世界 時折通る 買い物婆さん」

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2018年2月11日 (日)

2018年02月10日

2018年02月10日

 

 空には、薄雲が張っていましたが、富士は見える朝でした。午後からは、雲が増え、夜には雨となりました。最近の天気予報の良く当たること、脱帽です。

 ベランダの黄色い花が、また2輪咲きました。白く変色した花も健在です。この花は、季節外れの早咲きではなく、今が花の時期なのかも知れません。

 我がアパートの前の住宅の玄関先で、石蕗のような花が咲きました。まだ、この花の名前を知れません。葉も花も石蕗に良く似ているのですが、葉も花もエナメルを塗ったようなテカリがあるのです。住んでいる人に、花の名前を聞こうと思うのですが、会ったことがありません。昼間は、デイサービスに行っているのではないかと思います。アパートに向かって右手の住宅地には、私より年上の住民ばかりです。

 その家の隣の隣は、夫婦共健在ですが、矢張り私より年上だと思います。庭には、沢山の花が植えられています。その花の種が外に出たのでしょう、アスファルトの歩道と煉瓦の塀の間に、菊が必死に花を咲かせていました。こういう光景を見ると、感動します。

 今日は、午後から曇ってくると言うので、近場を歩いて、早めに家に帰ってくる積もりで散歩に出かけました。チュウバスに乗って外を見ていたら、郷土の森公園で「梅祭り」をやっているとの看板が見えました。郷土の森公園には、一月程前に行ったばかりでしたが、また、行ってみることにしました。

 郷土の森公園は、70歳以上の府中市民は、入場無料ですから、気楽に行く気になります。公園の中は、お祭りだけあって、人出も多く、食べ物の店も増えていました。肝心の梅は、寒波のせいか、まだ7割程の梅が花を咲かせていませんでした。今年は、例年と同じように梅祭りを始めるには、無理があったのかも知れません。花を咲かせている梅の多くは、八重の梅でした。梅と冬木立、そして冬木立の上の青空が、とても良い感じでした。蝋梅の花は、未だ咲いていましたが、盛りの時期は過ぎていました。

 公園内の茶室の近くで、万作が、赤っぽい黄色の花を咲かせていました。また、茶室の前では、黒い実の跡の先に銀色の新芽が輝いている木がありました。この冬、良く見る木なのですが、この木の名前は、未だ分りません。葉が出て花が咲けば、分ると思います。その横で、茶室に似合いの梅が、二分咲きでした。

 一通り花を見て、郷土の森資料館の方に行くと、「徳川御殿の府中」という特別展を開催していました。殆どは、御殿に関する資料が展示されていました。掲示されていた解説文に拠れば、現在の府中本町のところに、御殿があったそうです。東北征伐に出かけた豊臣秀吉を、徳川家康がもてなす為に作ったという説と、秀吉自身が作ったという説があり、どちらが作ったかは、定かではないそうです。家康が征夷大将軍になり、江戸に幕府を開いてから、この御殿は改築され、鷹狩りの休憩所として利用されたそうです。家康の死から1年後、久能山から日光へ、遺骨を移す時、御狩り場であった府中を通ったそうです。残念ながら、御殿は、その後火事で焼失し、現在まで再建されていないとのことでした。

 郷土の森公園を出て、分倍河原まで歩き、そこからチューバスで、我が家に戻りました。4時過ぎになっていました。雲も多くなり始めたので、丁度良い時間でした。

 夜は、女子アイスホッケーの追っかけのK君から、是非応援してくれとメールが来ましたので、日本―スウェーデン戦の応援をしました。残念ながら、1-2で負けてしまいました。今回も、K君の親戚の子が出たのかどうか分りませんでした。女子アイスホッケーの参加国は、8カ国で、4カ国ずつAとBのグループに分かれて、予選リーグを戦っています。この予選リーグのグループで、2位以上にならないと、メダルの可能性はないそうです。

 日本戦の後、今話題の北朝鮮と韓国の合同チームとスイスの試合を見ました。北朝鮮からの美女応援団の華やかな応援、北朝鮮と韓国の首脳陣の応援もありましたが、試合は、8-0でスイスが圧勝しました。日本は、明日スイス、明後日合同チームと対戦します。最低でも1勝して欲しいと思います。

 

「寒波にて 花の少なき 梅祭り 花より団子の 人は多かり」

「公園の 隅でひっそり 花咲かす 主役になれぬ 万作の花」

「蝋梅の 花の盛りは 過ぎたれど 香りは未だ 梅に劣らず」

「希に咲く 梅の梢を 見上げれば 冬の青空 薄雲流る」

「梅の花 周りは何処も 冬木立 春告げ花の 面目躍如」

「青空に 花火のような 冬木立 梅咲き揃えば 芽吹きは近し」

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2018年2月10日 (土)

2018年02月09日

2018年02月09日

 

 良く晴れた快晴の朝になりました。湿度が高いのか、地平の方は霞がかかっていました。それでも我が家から富士は見えました。しかし、NHKの天気予報では、都心の方からは、富士が見えなかったようです。

 11時近くに、宅急便が届きました。一昨日のゴルフで忘れてきたスマホが届いたのです。非常に丁寧な梱包がしてありました。梱包を解いて、機能を試してみましたが、何の問題もなく動作しました。お客さんの為とはいえ、本来の仕事でもないのに、本当に親切に対応してくれました。直ぐに、お礼の電話を入れました。先方も、無事に届いたのを喜んでくれました。

 午後は、妙正寺と妙正寺公園に行って来ました。公園の方には、何度も行ったことがあるのですが、お寺の方は初めてでした。

 妙正寺公園へは、色々な行き方があるようですが、私は何時も、荻窪からバスで行くことにしています。甲州街道が混んでいなければ、荻窪から10分足らず妙正寺池のバス停に着きます。

今日は、家を1時10分に出たのに、途中、うたた寝をしてしまい、荻窪と間違って西荻窪で降りるなど、一寸したトラブルがあって、妙正寺池に着いたのは、3時近くでした。妙正寺池は、湧水の池で妙正寺川の源流になっています。妙正寺川は、以前完歩しましたが、高田馬場近くで神田川に合流する短い川でした。池も川も妙正寺が由来です。

妙正寺池には、冬期、沢山の渡り鳥がやって来ます。昔は閑静な武蔵野の湧水池が、今は子供達の遊具が沢山あり、子供達の歓声が絶えない、都会の公園になりました。武蔵野の森公園の修景池より小さい池になってしまいましたが、昔は、もっと大きかったようです。今日も、100羽を越える渡り鳥が来ていました。ざっと数えた所、オナガガモが3分の1、キンクロハジロが3分の2位でした。その中に混じってカルガモが、数羽いました。石神井公園では、我が物顔だったカルガモが、此処では借りてきた猫のように、大人しくしていました。

この池で、渡り鳥達の餌が十分だとは思えません。誰かが餌やりをしているようです。私が、岸に近づくと、キンクロハジロが一斉に近づいてきました。その後には、オナガガモも続いてやって来ました。私が、餌をやらず、カメラを構えて写真を撮ると、「なあーんだ」と言うような顔をして、遠ざかって行きました。鴨の表情が分る程、小さい池なのです。池の木陰で、カップリングが済んだと思われるオナガガモが一対、なにやらひそひそ話をしているように見えました。

暫く鴨達を眺めて、妙正寺へ御朱印を貰いに行くことにしました。妙正寺は直ぐに分ると思ったのですが、公園の周りの住宅が邪魔をして、寺らしい所が見当たりませんでした。そこに、散歩の老夫婦が来たので訪ねたら、いとも簡単に「あの突き当たりを左に曲がったら、お寺の裏口だよ、裏口からも入れるよ」と教えてくれました。ものの1,2分で角まで行くと、墓が見え、裏口も見えました。

妙正寺は、歴史はあるようですが、比較的小さな寺でした。参拝を済ませて、住職の住む庫裏の呼び鈴を鳴らすと、歳を取った大黒さんが出て来ましたので、御朱印を頼むと、「住職がいないので、書いてあるものでいいですか」との事でした。勿論OKしました。大黒さんには、私が非常に信仰心の篤い人間に見えたらしく、寒い中のお寺参りを、色々と誉めてくれるので、恐縮してしまいました。

御朱印を貰った後、妙正寺池に戻り、更に以前歩いた、妙正寺川の始まりの地点を確認して、荻窪に戻りました。家に戻ったのは、6時過ぎでした。

夜は、夜はピョンチャンオリンピックの開会式を見ました。開会式の貴賓席に、北朝鮮の金正恩の妹、北朝鮮ナンバー2の金永南、安倍総理などが座っており、後から入って来た文在寅韓国大統領と握手していました。北朝鮮の創始者金日成の直系の親族が、韓国を訪問するのは、初めてのことだそうです。テレビでは、色んな事をいっていますが、南北の雪解けが始まる兆しが、あるのであれば、前へ進める努力をした方が良いと思います。

 

「子供等の 嬌声の中 渡り鳥 昔の武蔵野 今は都会に」

「北帰行 早めた方が 良くはない なにやらひそひそ オナガガモかな」

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2018年2月 9日 (金)

2018年02月08日

2018年02月08日

 

 雲の多い朝でしたが、9時頃には、すっかり青空に変わりました。その青空も、午後2時頃から、西の方から雲が出て、東の方は青空なのに、4時頃には、雪を降らせるような黒い雲に変わりました。そして、5時頃には、また青空に変わっていったのです。まさしく、天気予報が言っていた通りの、天気の移り変わりとなりました。天気予報の凄さを感じました。

 昨日の夜、「貴乃花全てを語る」という2時間の特集番組をやっていました。しかし、私には、貴乃花が何を話したのかが,よく分らない消化不良の番組でした。若い時から、相撲界に入り、一般的な高等教育を受ける機会が少なかったこと、社会に存在する多くの組織を知らないで成長したこと、違う価値観を持った多くの友人と切磋琢磨してこなかったこと、このようなことが影響しているのかどうか、正確には分りませんが、貴乃花は、自分の思いや考えを、きちんと相手に伝えることが苦手なのではないでしょうか、そう思いました。名前は、忘れましたが、映画監督と言われる人が、貴乃花のインタビュアーになっていましたが、貴乃花が話したいことは腹で理解するタイプでなければ、インタビューそのものが、成立しなかったのかも知れません。

 それにして、TVアサヒの今回の相撲界の暴行事件に関する報道も、何か異常で、スポーツ紙の報道振りと大差ありませんでした。TVアサヒに限らず、多くのマスコミが、パパラッチ化して、世の中の何が真実なのか、マスコミの報道が信じられなくなってきました。マスコミ自身が、記事を捏造するという、あってはならないことが、極く普通に起きるようになりました。トランプ大統領は嫌いですが、彼が現代のマスコミを嫌うのも、分るような気がします。しかし、トランプ大統領は、権力を持つ統治者です。権力者を監視するのは、マスコミの役目ですから、権力者に嫌われるマスコミは、正常と言えるでしょう。問題なのは、被統治者である国民に、どの様に真実を伝え、主権者をきちんと守ろうとする姿勢が、マスコミにあるかどうかです。国民にとっては、マスコミだけが頼りなのですから、、、。

 我が家のベランダで咲いた、黄色い花の一輪が、色が褪せたと言うべきか、白い花に変身していました。もう一輪の方は、白くなっていないので、今のところどちらが通常の現象なのか分りません。冬場、時季外れに咲いたので、平常を見失ったのかも知れません。

 今日は、多摩地方の公園巡りをしてきました。武蔵野の森公園のヒドリガモを見ること、野川公園の自然観察園で、節分草を見ることが目的でした。

 1時半に家を出て、電車で飛田給駅まで行きました。味の素スタジアムの横に、昨年後半、完成した、水泳、武道の競技場を見学しました。中までは入りませんでしたが、なかなか立派な施設で、2020年の東京オリンピックの会場になるようです。前回の東京オリンピックの時は、貧乏学生で何一つ競技を見ませんでした。見たのは、開会式の時、空にジェット機が描いた五輪のマークだけでした。今回のオリンピックまで後2年強、生きていれば、一つ位競技を見て、日本の選手を応援したいと思っています。

 競技場から桜並木を歩いて、武蔵野の森公園に入り、修景池へ行きました。修景池は、人工の左程大きくない池ですが、毎年ヒドリガモがやって来ます。昨年、紅葉の時期に来た時には、既にヒドリガモが、飛来していました。その時は、カルガモやバンもいたのですが、今日は、ヒドリガモの独占王国に変わっていました。約70羽程いたと思います。これだけの数の鴨を、この池だけで養えるとは思えませんでした。

 暫く眺めていると、全ての鴨が、池の一つの端の方に集まり始めました。その内、1羽の雌が、ピョンと池から出て、丘の方に歩き始めました。すると次々に他の鴨達が後に続き、一列になって歩き始め、ヨチヨチ歩きの長い行列が出来ました。中の1羽が立ち止まったりすると、後ろの鴨が、お尻を嘴で押して、歩きを続けさせました。行列の写真を斜め後ろからだけではなく、前から撮ろうと思って、行列の前の方に出て見ました。すると、私を認めた鴨達は、くるりと後ろを向いて、池に帰ろうとしました。これは、悪いことをしたと思い、すぐさま斜め後ろの方に下がりました。行列は、元のように続き、最後の1羽まで、陸に上がりました。丘の芝生の中に、何があるのか分りませんが、皆、嘴で何かを突いているようでした。食べ物なのでしょうか、何か丘に上がる理由があると思いました。全ての鴨が、丘に上がって5分もしない内に、何が起きたのか理解出来ませんでしたが、一斉に飛び立ち、池に戻りました。壮観でした。面白く興味深い、鴨達の生活の一部を見させて貰いました。

 公園の小さな丘に登ると、調布飛行場と味の素スタジアム、更には武蔵野を一望することが出来ました。私の頭の上から東の方は晴れているのですが、西の方は、暗雲が立ち籠め、幾本もの雲の筋が、地上に垂れていました。天気予報で言っていた、小雪が舞っている所だと思いました。

 野川公園に入り、野川を越えて自然観察園に入りました。この時期ですから、花らしい花は、蝋梅と節分草だけでした。しかし、「この時期に、あそこへ行けば、あの花に出会える」、その願いに違わず花に出会えると、安心感と再開の喜びで、とても幸せな気分になります。今日も、願いは報われました。

 そこから、野川の縁を歩き、武蔵野公園へ行きました。野川には、沢山のムクドリが群れていました。ムクドリは見慣れた鳥です。余りにも群れが大きくなって、糞被害に遭う所も出ています。少し嫌われ者のムクドリも、飛んでいる姿を後ろから見ると、尾羽が、白い線の入った扇のようで、魅力的です。その飛んでいる姿を、今日、後ろから取ることが出来ました。

 武蔵野公園の前の多磨町から、チュウバスに乗って、府中駅に出て、6時頃、我が家に戻りました。既に暗雲は去っていました。

 

「毎冬の 修景池の ヒドリガモ 常連客に 池は貸し切り」

「女王鴨 一族郎党 引き連れて 近くの丘へ 気晴らし散歩」

「一列で 脇見しないで 歩くのよ 鴨の行列 園児の如し」

「一列で ヨチヨチ歩き ヒドリガモ 漸く丘へ 全員集合」

「なにがしか 危険察した 鴨達が 羽音も高く 一斉に飛ぶ」

「水鳥は 池に戻れば 一安心 危険過ぎ去り スイスイ泳ぐ」

「時来れば 何時もの場所で 我を待つ 今年も再開 節分草の花」

「椋鳥の 尾羽に白線 舞扇 野川に群れて 扇の舞いかな」

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