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2020年8月11日 (火)

2020年08月06日

2020年08月06日

〇08月06日(木)。

 梅雨が終ってから、天気は良いのに、遠くの景色が見えないほど、霞の強い日が続いています。天気予報の説明に拠れば、太平洋高気圧の張り出し加減で、西之島の火山灰が、日本列島まで飛来し、この霞を作っているとのことでした。
 今日は、広島の原爆記念日なので、朝から祈念式典の様子が放映されました。このような式典は、人が自然と集まってくるのが、式典を盛り上げるのですが、新型コロナの影響で、人数は制限されるし、間を開けて座ることなど、世界に平和の尊さを訴える重要な式典が、極めて形式的なものに見えました。阿部総理の演説は、例年も決まり切ったものを述べるだけで、集まった人達に訴える力がありません。今年は、それが更に顕著でした。阿部総理は、我々の少し後の世代の、ノンポリの典型のように見えます。現在、私もノンポリになってしまいましたので、阿部総理が、何かを真剣にやる気が無いことが、分ってしまいます。
今朝の天気予報の解説者が、昭和記念公園の、小型の向日葵畑を紹介していましたので、今日は、昭和記念公園に行くことにしました。新型コロナの感染が広がり始めた2月の3連休の時に、この公園に孫達と行きましたが、その時の混雑振りは、年に4度か5度は、この公園を訪れる私に取っても、初めての経験でした。皆が、感染の恐れが少ない広い公園を、子供を遊ばせる所に、選んだような気がします。それが逆に、凄い密を生みました。
 今日は、普通の日ですし、新型コロナと共に生きることに、誰もが慣れてきたことや、真夏の暑さが強烈だった事もあり、広い公園としては、寂しいほどの人出でした。先ずは、大きな池の端のベンチで、昼食にしました。大きな木が日陰を作り、池からの風は、スムーズに通り抜ける絶好の場所でした。お陰で、弁当が、とても美味しく食べられて、私の健康の源となっています。
 昼食後は、何時ものように、向日葵畑、蜻蛉の湿地、日本庭園、こもれびの里、みんなの原っぱを歩いて、西立川口の方へ歩きました。結構な歩きとなりました。色んな所に花がありましたが、エンジュ(槐)、向日葵、禊萩、遅咲きの蓮の花、鷺草以外は、花屋の店頭から持ってきたような花が、沢山植えられていました。明後日から、鷺草祭が始まるそうです。弁当を食べた横に湿地では、川蜻蛉のような、蝶蜻蛉のような、珍しい蜻蛉が、枯れた蘆に止まろうと必死でしたが、風がそれを邪魔しました。何度も渡来して、漸く止まれた時には、心の中で、拍手を送りました。日本庭園では、カイツブリの番が泳いでいましたし、銀ヤンマ、コシアキ(腰空)蜻蛉、シオカラ(塩辛)蜻蛉達が、子孫繁栄のための追いかけっこをしていました。何しろ暑かったので、途中で、ソフトクリームを食べたり、スポーツドリンクを買って飲んだり、熱中症対策をしました。
 今日は、ゆっくり歩いたので、西友で買い物をして帰ると、5時を過ぎていました。シャワーを浴びて一休みしたら、晩酌の時間になりました。昨晩の残り物に、アサリバターとウィンナーを加えて、一人の晩酌となりました。

「池の端 肌を撫で行く 風と共 喰らう昼餉は 王のブランチ」
「枯れ葦の 先に止まらん 川蜻蛉 頑張れ頑張れ 君には出来る」
「花終えて 枝に可愛い 実がつきぬ この木何の木 白雲木なり」
「山法師 苺のような 実をつける 花しか愛でぬ 情けなき我」
「白鷺の 空舞う姿 何時も見て 真似ているのや 鷺草の花」
「公園の エンジュの花が 満開に 真夏の雲を 見ているようだ」
「夏来れば 君を見ずして 日は過ぎぬ 向日葵コロナ 悪さはしない」

〇08月07日(金)。

 今日は、東京も猛暑日になると天気予報で言っていました。熱中症アラートも出て、出来るだけ外出しないように、要請されました。特に、年よりは、この要請にしたがって欲しいと念を押されました。社会が豊になり、老人が家に居ても生きていける時代になりました。有難い事ですが、私は、家に閉じこもっては居られない性分です。今日は、野川公園へ行ってきました。
 老人には、時間があるので、チュウバスを乗り継いで行くことにしました。我が家の近くから府中駅まで約50分、府中駅から野川公園の側の多磨町まで、約40分掛かります。乗り継ぎが上手く行けば良かったのですが、四谷からのチュウバスが府中駅に着いた時に、多磨町行きのチュウバスが出てしまいました。次のバスまで30分あります。
 この時間に、妻に電話しました。朝妻から電話があったのに、チュウバスに乗るまで気がつかなかったのです。朝、の電話は、特別の用事があったわけでは無く、昨夜、新型コロナに関する良い解説番組があったが、その番組を見たかどうかを確かめたかったようです。妻も、政府や政府の息の掛かった専門家の言うことには、何か釈然としないと感じているようです。それが、昨夜の解説が良かったので、私も見ていれば、話がしたかったようです。
 結局、野川公園には、1時半近くに着きました。今年は、新型コロナの影響で、まだ学校が続いているようです。公園には、殆ど人が無く、深閑としていました。木の上から聞こえる蝉の声も、子供の声には勝てません。明日からの3連休には、多くの子供達の笑い声が聞けるでしょう。広い公園で、蝉の声を聞きながらの昼食となりました。
 2時には、昼食を終え、野川自然観察園に行きました。観察園の前の看板に、タコノアシ(蛸の足)、イヌゴマ(犬胡麻)、カライトソウ(唐糸草)等、私の知らない花の写真が張ってありました。期待して観察園の中を歩きましたが、ヤブラン(薮蘭)、ヤブミョウガ(藪茗荷)、センニンソウ(仙人草)ばかりが目立って、イヌゴマの他は見つけることが出来ませんでした。時期が終っていたのかも知れません。
 今日は、往復に時間が掛かるので、散歩はここで切り上げて、多磨町バス停に戻りました。すると、チューバスの横で、何かの撮影が行われていました。チューバスが、出発するぎりぎりまで撮影が行われ、発車した後も、カメラマンがチュウバスを追っていました。運転手に何を撮影していたのですかと聞くと、「どうも新型コロナに関するニュースのようですよ、チューバスの利用者が減ったことと外出自粛を関係づけているようでした」とのことでした。私に何か質問してくれれば、喜んで答えたのですがねー。
 今夜は、軽く野菜炒めを作り、後は、買い置きの生ハム、等を肴に、随分昔の映画「スタンドバイミー」を見ながら晩酌にしました。最近、私の時代の古い物を見たり聞いたりすると、感動というか、辛いというか、胸が締め付けられるような感じがします。私の中にしかない、私の人生は、もうすぐ終りを迎えるのだなーと思ってしまうのです。これが、年を取ることなのでしょうねー。

「飯と共 腹に染み入る 蝉の声 心に栄養 身体も元気」
「今盛り 観察園を 占拠する 茗荷と蘭の 藪藪コンビ」

〇08月08日(土)。

 今日は、結構雲が多く、午前中は、矢鱈と蒸し暑かったのですが、私が散歩に出る頃は、日差しが出て来て、本当の暑さになりました。
 今日は、夕方孫達が遊びに来るので、近場の百草園駅までを、歩いて往復しました。四谷さくら公園で、準備体操をして四谷橋を渡り、程久保川に入った所で昼食にしました。程久保川の八重桜は、この時期になると皆な虫食い葉となって、空が透かして見えるようになります。何故、ここの八重桜だけ、虫喰い葉になるのか、分りません。虫が食ったのではなく、落葉の前の、自然の出来事なのかも知れません。これ程の葉を食べる虫を見たことが無いのです。良く良く見ると自然は不思議なことが多いです。何れにしても、私は、この虫が喰ったような網の葉が大好きです。
 昼食後、落合交流センターを廻って、百草園駅に出て、用水脇の昔道を歩きました。早くも萩が咲き始めていましたし、ヘクソカズラ(屁糞葛)は至る所で咲いていました。この草の葉や茎を傷つけると悪臭を放つ事から、この名前が付いたそうですが、別名は、サオトメバナ(早乙女花)呼ばれるそうです。しかし、別名で呼ばれることは、無いのではないでしょうか、、、。
 百草園駅から少し入った所に、マジオドライビングスクール多摩がありました。ここの車が、野猿街道を走っているのはよく見かけますので、何処に自動車学校があるのだろうと思っていたのですが、こんな住宅街にあるとは思いませんでした。更に少し歩くと、電車から見える神社に出ました。神明社と呼ばれる神社でした。神社そのものは小さいのですが、一本だけある大きな欅が、瘤だらけでした。近所迷惑にならないように、毎年、枝を払っているようです。更に歩くと、新興の住宅地の中に、旧家が並んでいる所がありました。ちょっと脇道に入っただけで、色んな出会いがあるものです。
 四谷橋を渡って、我が家の前の土手に出ると、次男と擦れ違いました。今晩の孫達のための買い物に行ってくれたのです。次男は3時過ぎに帰ってきて、それから、次男と私で一品ずつ料理を作り、孫達を待ちました。私は、細いパスタ油で揚げ、皿うどんの麺とした、メキシコでの我が家の定番だった、皿うどんを作りました。次男は、肉豆腐を作ってくれました。孫達は、5時半頃に着くと思っていたのですが、1時間遅れの6時半頃に着きました。
 直ぐに、乾杯をして、楽しい夕食が始まりました。少し密ではありますが、誰も新型コロナに感染していないようですから、大丈夫でしょう。今晩は、私が作った皿うどん、次男が作った鶏肉炒めの他に、刺身、野菜サラダなどでした。とっても美味しそうに食べてくれました。
新型コロナの影響で、あれも駄目これも駄目と言われる今日、今夜のジイジの家での花火は、新型コロナ下の夏休みの、思いで作りのようでした。1時間足らずで、孫達の食事は終り、外も暗くなってきましたので、我が家の目の前の、水門の広場で花火をする事にしました。しかし、毎年やっている左側の広場には、先客が居ましたので、今年は、右側の広場でやることにしました。持って行ったライターが、家を出る時確かめたのに、広場では火がつかず、別のライターを取りに戻るなどのトラブルはありましたが、無事花火は始まりました。一番末の孫の喜びようは、大変なものでした。この素直な喜びが、他の皆も楽しくさせます。孫娘は、自分も楽しむけど、末の孫が楽しんでいるか、何時も気にかけてくれる、面倒見の良さが、花火の間中続きました。中学生になった上の孫は、打ち上げ花火など、難しい花火を見せてあげる大人の側に入って来ました。私に取っても、楽しく思い出深い日となりました。
 なんだかんだと、9時近く迄花火を楽しみ、我が家に戻りました。その後孫達は、風呂に入った後、珍しくゲームをやらずに、チェスやトランプで遊び、夜食を食べて12時過ぎに、眠りにつきました。孫達にとっても、新型コロナの難しくい夏休みの、良い思い出になると思います。

「八重桜 青空透ける 網の葉の 虫が食ったか 落葉前か」
「網の葉を 透かして空を 眺めつつ 喰らう昼餉に 元気を貰う」
「見守れば 屁糞の臭い しはしない 臭いしなくば 早乙女花よ」
「孫達の 喜ぶ顔が 闇に浮く 家族揃って 花火大会」

〇08月09日(日)。

 孫達は、昨晩、12時過ぎまで起きていたので、朝8時になっても、白河夜船のようでした。起すわけにもいかないので、8時過ぎから、近くの河原を散歩しました。今年に始めは、草一本生えていないような、砂利河原だったのですが、歩くのが難しいように、草が生い茂っていました。その中に、何故かベビートマトがあって、ちゃんと実を付けていました。現在の砂利河原で、一番勢力のある、背の高い大きな葉っぱの草の名前が分りません。
 9時過ぎに家に戻ると、娘が起きていました。そろそろ孫達も起きてくるだろうと、何時ものように、ご飯を炊き、味噌汁を作り、朝食の仕度をしました。9時半頃には、孫達も起きて来て、10時半頃から、朝食になりました。今日は、長崎の原爆記念日なので、原爆祈念式典の様子を、孫達と一緒に見ました。そして、原爆が投下された11時2分には、一緒に黙祷をしましたが、その後は、えらい人の話ばかりで、孫達には分らないので、テレビを消し、普通の会話に戻りました。11時半には、朝食が終りましたが、その頃に次男が起きて来て、一人で食事をしました。
 一休みしてから、我が家の定番のゲームである、UNOをやりました。娘の家族で新しく作られた、「7を出した人は好きな人とカード交換が出来る、0が出た場合は左回りに全員がカード交換する」というルールで、遊びました。勝つための計画が出来ないので、泥仕合の感があるのです。それでも、時間は掛かりますが、ちゃんと上がることが出来るのです。
 ゲームを楽しんで、2時頃から、上の孫の希望で、八王子の浅川に化石採集に向かいました。所が、途中娘が、少しお腹が空いたと言って、「スシロー」に寄ることにしました。末の孫が、「スシロー」「スシロー」と口癖のように言うらしいので、望みを叶えてやったのでしょう。八王子の「スシロー」入りましたが、その店が、娘の高校時代からの友人の家の近くだったので、食事の最後の頃に、友人が会いに来てくれました。実は、私も良く知っていて、色々話が弾みました。
 結局、化石採集をする場所に、5時頃に着きました。末の孫と孫娘は、暑い中での化石採集には、熱中症の危険があるので、娘と一緒に、別の所で待つことになり、上の孫と孫の父親、次男、私の4人で行きました。北も南も浅川は全て踏破したのですが、化石の場所は、初めてでした。メタセコイアの森の化石でした。私が想像していた化石とは違って、木の根元が森林火災の跡の様になって、泥岩から何本も突き出していました。それが石化していないのです。倒木となったメタセコイアの地層も見られました。でも何となく、何千万年前の化石とは思えませんでした。詳しいことは、後で調べたいと思います。上の孫は、木の樹脂が作る化石(琥珀)を必死で探し、掘り起こしていました。小さい物だと、色んな所にあるのですが、親指くらいの大きさになると、そう簡単には見つからないのです。それでも、必死で頑張り続けました。将来は、学者になるかも知れません。
 6時近くになって、化石採集を止め、娘が待っている車に行って、我が家に戻ることにしました。途中スーパーで、摘まみを買い足し、7時頃に我が家に戻りました。それから私は、ピザを焼き、次男は炒め鶏とパリパリのチョリソーを作りました。孫娘が好きな、ローストビーフを加えて、7時半過ぎから夕食となりました。何時もとは違った、濃い一日となりました。

「夏の午後 化石に挑む 上の孫 取り組む姿勢 未来は博士」

〇08月10日(月)。

 昨晩、夕食は、9時近くに終り、孫達はそれからゲームに熱中し、大人は、昔話に熱中して、寝たのは1時頃でした。そんな訳で、今日の朝食は、11時頃から始まり、終ったのは、12時過ぎでした。昼食から1日が始まったようなものです。
 2時近く迄、思い思いに休んで、2時半頃から、大人は麻雀、孫達は3人で遊べるゲームを楽しみました。4時過ぎ、大人の麻雀が終わった所で、全員でもう一度UNOをやり、孫達の短い夏休みの中の、爺の家での合宿は終りました。末の孫と孫娘は、最後の最後に、次男に手荒な「ぶん回し」をして貰い、皆満足して、5時半頃には、帰って行きました。
実は、我が家に娘家族が2泊したのは、初めての事なのです。新型コロナが無かった時期、娘家族は、連休ならば車で何処かへ出かけていましたので、我が家には、土日の一泊二日だったのです。年寄りが、動きの速い孫達と3日間一緒に暮らすのは、結構疲れる事を知りました。

「孫達の 動きに付き合う 余力無し 見ているだけで 充分満足」
「来るも良し 帰るもまた良し 孫達の 成長振りは 何時も嬉しい」

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