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2020年8月 6日 (木)

2020年08月01日

2020年08月01日

〇08月01日。

 昨晩、妻と一緒に、一一夜の月が、都会の明かりに負けないくらい輝いているのを見ました。夜、月が出ることを忘れるくらい、曇り空が続きました。今朝は、雲は多いものの、青空も見える朝でした。7月が終り、8月に突入しました。どうやら関東地方も、梅雨明けになったようです。それしても、長い梅雨でした。
 妻と一緒に、コンビニのサンドイッチやお握りなどで朝食にしました。話をしながら食べるのであれば、外でなくとも、美味しく食べられました。朝食の後暫くして、妻の買い物に付き合い、12時過ぎには、妻と別れて家路につきました。
 しかし、今日は、どうしても原宿の「ふくろうの里」に行ってみたいと思いました。先日、テレビで、新型コロナの影響で、この「ふくろうの里」に殆ど客が来なくなったとのニュースが流れました。以前、代々木公園で、梟を連れて「ふくろうの里」を宣伝している、二人の若い女性に会ったことがあり、何時かは行ってみようと思っていたのです。
 取り敢えず、原宿に行ったら、原宿駅明治神宮側の駅舎が、様変わりしていました。便利で見栄えも良くなりました。東京では、今年に予定されていたオリンピックを目標に、多くの工事が実施され、それが完成を迎えているようです。最近、私が経験しただけでも、東京駅と新宿駅の東西自由通路、千駄ヶ谷駅、飯田橋駅、原宿駅の駅のホームと駅舎です。都心の方には、妻と会う時くらいしか出て来ないのですが、矢張り都心は、変化が多いです。
 代々木公園で昼食を食べ、竹下通りへ行ってみました。うろ覚えですが、その辺りに、「ふくろうの里」があると思っていました。所が簡単に見つからないので、通りで、動物と触れ合いの出来る場所を宣伝している若者が居たので、「ふくろうの里」の場所を聞いてみました。すると若者は、この直ぐ先に「ふくろうの森」がありますよと教えてくれました。森では無く里だったよなーと思いつつ暫く歩くと、「ふくろうの森」がありました。矢張り、テレビのニュースになった「ふくろうの里」ではありませんでした。しかし、ビルの地下に、小さな森らしきものを作り、多くのふくろうが木に止まっていました。その梟達を見て、写真を撮るだけで、入場料が700円で、カフェでも何でもありませんでしたが、大いに満足し、出口に置いてあった梟の置物を、5個ほど買いました。そこをでる時、係員に、「この近くに「ふくろうの里」ありませんか」と聞いたら、「原宿通りを新宿方向へ歩き、坂下の原宿駅を超えたら、右に入ればありますよ」と教えてくれました。
 教わった通りに歩いたつもりでしたが、中々見つからず、先に東郷神社を見つけてしまいました。こんな所に、神社があるとは思ってもいませんでした。参拝をして、一通り境内を歩いて、原宿通りへ戻りました。直ぐ近くですが、どうしても見つからないので、スマホを持ちながら歩いている若者に、「ふくろうの里」を聞いてみたら、若者は直ぐにスマホの地図を出して、あっという間に場所を教えてくれました。何度もお礼を言いましたが、若者は表情も変えず、去って行きました。最近の若者は、本当に上手にスマホを使います。私も早くこのアプリの使い方を覚えたいと思いました。
それにしても、「ふくろうの里」は、ビルの4階にあり、入口の看板も小さく、これでは分らないはずです。客を呼ぶ気があるのか、疑ってしまいました。店は、カフェバーで、カウンター席が4席、10畳程度の畳の部屋だけでした。梟達は、ベランダの小さなスペースに作られた、丸木の棒に10羽程が、繋がれていました。繋がれるのは、「ふくろうの森」でも同じですが、作り物の森の中ではありますが、少し距離が置かれていて、繋がれているのではなく、木の枝に止まっている感じでした。所が、「ふくろうの里」では、数珠繋ぎに繋がれ、囚人に似ていると感じました。今後、「ふくろうの里」には、来ることは無いでしょう。
原宿から、新宿へ出て、聖蹟桜が丘に戻りました。我が家の方へ向かうバスに乗ると、急に雨が降り始めした。かなり強い雨でした。所が、バスが四谷橋に近づくと、雨は止み、道路も乾いていました。一握りの雲がもたらした雨のようでした。
今日の夜は、次男との酒になりました。酒の肴は、一昨日の残り物でしたが、美味しく楽しく飲むことが出来ました。

「梟の 置物好む 我なれど 生きた見世物 好みにあらず」

〇08月02日(日)。

今朝は、空に青空が広がり、本当に梅雨が明けたのだと思いました。お陰で、陰鬱な気分にならずに、1日が始まるようになりました。
今日は、壊れてしまったカメラの本体を買う決断をしました。先ず、四谷橋の袂で、多摩川の流れを見ながら、昼食を食べ、聖蹟桜が丘に行きました。修理を依頼した、ビッグカメラで買うことにしたのです。以前に下見をしていたので、買うカメラは、ほぼ決まっていたのですが、店員に色々質問をして、自分の考えに間違いが無いか確かめました。どうやら、大きな間違いが無かったので、予定したカメラを買いました。
 家に持ち帰って、電池を充電するなど下準備をした後、説明書を見ながら、カメラを使えるようにしようとしました。所が、最初から躓きました。なんと、スマホに指定されたアプリをダウンロードし、それをカメラに取り込み、スマホとカメラをペアリングさせると書いてありました。私は、何故こんなことをしなければならないのか、理解が出来ませんでしたし、そもそも、アプリをどうやってダウンロードするのかが分らないのです。電池を入れて、メモリーカードを入れれば、取り敢えず写真は撮れると思っていたのですが、間違いでした。明日、ビッグカメラに行って、取り敢えず撮せるようにして貰おうと思いました。
 カメラの基礎的なセッティングに、午後中掛かって奮闘しましたが、結局失敗し、夜は、次男と一緒に酒を飲みながら、クリントイースト・ウッドの「運び屋」という、年寄りの生き方のような映画を見ました。彼自身、この映画を撮った時、90歳くらいではないかと思われます。映画は、老いの生き方をテーマにしたものでしたが、彼自身、長生きし過ぎたと思っているような節が見えました。

〇08月03日(月)。

 空全体が、青空というわけではありませんでしたが、梅雨とは違った夏の朝でした。
 今日は、先ず聖蹟桜が丘のビッグカメラに行きました。折角、大きな決断をしてカメラを買ったのですから、使えるようにならないと意味がありません。ビッグカメラの相談コーナーに行って、順番を待ちました。5分程度で、順番が来て、若い男子店員が、対応してくれました。取扱説明書を見せて、スマホにアプリをインストールする事が出来ないというと、説明書を見た店員は、「今スマホをお持ちですか」というので、スマホを渡しました。すると、いとも簡単に、アプリをインストールし、カメラとのペアリングが出来るようになり、シャッターボタンが押せるようになりました。写真が撮れるようになったのです。私が、喜んでいる様子を見て、店員もとても嬉しそうでした。最後に、店員に何故こんなことをする必要があるのか聞いてみたら、「写真を撮った時間と場所が、カメラも分るようになるのです」と教えてくれました。時代は、進み続けているんですねー。
 新しい写真機を持って、近くの桜が丘公園に行きました。散歩と言うより、カメラの試し撮りのようなものでした。公園内で、昼食を食べ、早めに自宅にもどることにしました。西友で買い物をしても、2時過ぎに自宅に着きました。
 自宅に戻って、今日撮った写真を、パソコンに写そうとしたら、今までのUSBコードが使えないことが分りました。明日またビッグカメラに行って、新しいカメラに合うUSBコードを買わなければならなくなりました。
 今日は、大学のOB会のオンライン会議が行われる日でした。ここでもまた、問題がありました。オンライン会議で使う、ZOOMと言うアプリを、スマホにはインストールして貰ったのですが、大学のOB会からは、オンライン会議の場所への入り方を示したURLが、パソコンに送られてきたのです。このURLをスマホに転送するか、パソコンにZOOMをインストールするか、何れかをやらなければ、オンライン会議に参加出来ません。結局、パソコンの画面の方が大きいので、パソコンにZOOMをインストールする事にしました。
 このインストールは、比較的簡単にできました。OB会から送られてきたURLを開くと、「ZOOMをインストールしていない方は、インストールを選択して下さい」と指示がありあり、指示通りインストールを実行しました。その後、会議に参加するを選択すると、パスワード入力が要求され、入力すると、画面に私の顔が映りました。まだ、会議は始まっていませんでしたが、会議に参加出来ることは、分りました。
 オンライン会議は、午後6時半からだったので、5分前にZOOMを立ち上げ、会議に参加すると、私が一番乗りでした。画面の顔に参加した順に番号が付くようでした。会議は時間丁度に始まり、参加者は、29人でした。OB会長の司会で会議が始まりました。何時もの常任委員会と変わらない感じで、会議は進行し、OB会長の最後の挨拶で、8時半近くに会議は終了しました。本来ならば、OB会長の御苦労様会が、盛大に行われるはずですが、新型コロナの影響で、開催は出来ませんでした。それが今一つ残念でした。私が生きてきた時代では、区切り区切りで、全て酒宴がありました。新型コロナの影響で、様々な変化が起こり、私も色んな変化を経験する事になりました。
 約2時間、パソコンの前に座り続けていました。座り続けるのも疲れます。リビングに移ると、次男が既に晩酌を始めていました。今日は、私の方が遅れて参加し、今日1日のことを話しながらの酒となりました。寝る前にベランダに出ると、14夜の月が、煌々と輝いていました。

「森陰に 木漏れ日浴びた 薮蘭を 狙って一枚 新型カメラ」
「草の上 塩辛蜻蛉も 試し撮り 上出来上出来 新型カメラ」
「一四夜 輝く月も 試し撮り これは難し 光る被写体」

〇08月04日(火)。

 朝から、良い天気でした。つい最近まで続いていた梅雨の朝が、どんなだったかを忘れてしまいました。
 午前中の仕事を終えて、午前11時頃には家を出て、聖蹟桜が丘に行き、3日連続ビッグカメラに行きました。店は比較的空いていたので、カメラ売り場にいた女性店員に、このカメラのUSBコードが欲しいと伝えました。彼女は、私に商品名を教えようとしたのでしょう、私のカメラの名前で、スマホで検索しました。すると彼女が言うには、カメラ会社は、既にこのUSBコードは、製作していないとのことでした。えーと暗澹たる気持になりました。所が、女店員は、USBコードを専門に作る会社があり、コードそのものは、この店にも沢山ありますとのことでした。そこで、「このカメラのUSBコードの端子は、こんな感じなんですけど」と端子の口を彼女に見せると、彼女は、「お客さん、その端子は、テレビに繋ぐ時の端子で、パソコンに繋ぐ時は、こちらの端子です」と教えてくれました。その端子を見たら、どうも、現在使っているスマホ用のUSBコードが使えそうでした。またしても、私の好い加減な思い込みで、余計な時間を使ってしまいました。
 今日は、神代植物公園に行くと決めていました。先ず、植物多様性センターに行き、栃の木の下で昼食にしました。3ヶ月近く前にも、ここで食事をしたと思います。栃の実が随分大きくなっていました。今日、ここで初めて、小さな水草、ガガブタ(鏡蓋)の花を見ました。花は小さなカラスウリ(烏瓜)のような花でした。それにしても、なんと変な名前でしょうか、名前の由来が分りません。
 植物多様性センターから、神代植物園に移りました。入口近くの池に、本来温室で育てられている、オオオニバス(大鬼蓮)が、数株浮かんでいました。1つの株には、花が咲いていました。多分ブラジルが原産の蓮だと思いますが、大和国の桜の木の下で、大きなたらいのような葉を、幾つも浮かべていました。植物園は、今、花が少ない時期で、木槿も終りが近く、レンゲショウマ(蓮華升麻)が少し、ヤブミョウガ(藪茗荷)が、森の所々で咲いていました。
 植物園から、深大寺に入り、最後に水生園に行きました。現在見られる花は、ミソハギ(禊萩)だけでしたが、恋が成就し、番となった銀ヤンマを見る事が出来ました。子供の頃、必死の思いで銀ヤンマの雌を捕まえ、棒の先に糸で結び、それを大きく回すと、雄が何匹も寄ってきて、何時も10匹以上の銀ヤンマの雄を捕まえたものです。捕まえたからといって、何するわけでもなく、何匹も重ねて糸で吊し、縁側に吊しました。こうした少年の頃を、思い出させて貰って、今日は、満足でした。人は、何故、何十年も前のことを、憶えていられるのでしょうか、何処に、どの様に蓄えているのでしょうか、何もかもが不思議です。
 深大寺から、京王線「つつじヶ丘駅」に出て、我が家に4時過ぎに戻りました。直ぐに、スマホから写真をパソコンに移す時に使ったUSBコードを、カメラに繋ぐと、問題なく繋がり、カメラの写真をパソコンに移すことが出来ました。写真も問題なく撮れていました。この3日間のカメラ騒動が、一段落しました。このカメラには、5年間の保証も付けましたので、5年間の保証が切れる頃には、私の命も終る頃でしょう。老いを一緒に暮らす、友達カメラとなりました。
 今日は、一五夜満月でしたので、寝る前に空を見ました。薄い雲があって、昨夜ほどの輝きはありませんでしたが、綺麗な月でした。

「水槽に 空から落ちた 星のよう 地上で輝く 鏡蓋の花」
「桜木の 下の池面に 浮かびたる 外国渡来 大鬼蓮」
「木漏れ日が スポットライトの 藪茗荷 暗き森陰 舞台に変わる」
「禊萩の 取り巻く池に 銀ヤンマ 恋は実りて 番で飛び行く」 

〇08月05日(水)。

 向ヶ丘の七生丘陵が霞んでいて、晴れているのか曇っているのか分らないような朝でした。しかし、8時くらいになると青空が見えるようになり、夏空に変わりました。
 今日も、聖蹟桜が丘に行くことになりました。実は、ロト6の数字4つが当たり、賞金8400円が貰えることになったのです。数字4つが当たるのは、過去にも3回ほど経験していますが、今回約3年振りくらいで、久し振りで嬉しかったので、直ぐに賞金を貰いに行くことにしたのです。中河原経由、関戸橋を渡って、聖蹟桜が丘まで歩いたのですが、猛烈な暑さでした。
 賞金を貰った宝籤売り場で、サマージャンボ10枚3000円、次のロト6のため1000円を使いました。また数独の本が終りそうだったので、1冊買いました。770円でした。次に、我が家の近くのショッピングモールのノジマで、プリンターのインクを買い、それが1900円でした。最後に、カット専門の散髪屋で散髪し、1100円を使いました。結局、7700円を使い、700円が残りました。頭は夏向きにすっきりしましたし、もうプリンターを使うのは止めようかと思っていたのですが、暫く使うことにしました。賞金のお陰で、少し変わった刺激を貰って、楽しい一日となりました。
 夜は、ほうれん草のバター炒め、エリンギ炒め、トマトサラダを作り、買い置きのチーズなどを摘まみに、ワインを飲みながら、黒澤明監督の「八月の狂詩曲」を見ました。長崎の原爆の映画でした。長崎で原爆を経験した祖母と、原爆のことを何も知らない孫達との一夏の話でした。私は、長崎に原爆が落ちた時、まだ一歳にならない子供でしたので、原爆が投下された時の事は、何も憶えていません。しかし、8日後の8月17日に、爆心地から2キロ程度の、祖母の実家で、父の実家でもある城山町の家に戻りました。それから、祖母が亡くなるまで、一緒に暮らしました。映画は、私が祖母と暮らした時を彷彿させました。祖母は、戦後になっても、飛行機の音が聞こえると、慌てて電気を消し、布団の中から外を窺っていました。戦時中、城山にも焼夷弾の雨が降ったそうで、何度も山や畑が焼かれたそうです。父から聞いた話ですが、祖母には、9人の子供がいたそうですが、幼年で1人病死し、1人は事故で、2人は戦場で、3人は原爆で死に、父と末の妹2人だけが生き残ったそうです。
8月になると、毎年、原爆に関連する映画が、テレビで放映されます。今年は、私の年と同じ、戦後75周年の節目の年なので、何時もの年より多くなるかも知れません。私の原点、少年時代を思い出しました。

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