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2020年7月 6日 (月)

2020年07月01日

2020年07月01日

〇07月01日(水)。

 とうとう1年の半分が終り、後半が始まりました。年が明けた時は、オリンピックの年でもあるし、どんな1年になるか、期待したものでしたが、1月の終り頃でしたか、中国で新型コロナ騒ぎが起こり、世界中に広がりました。日本でも、2月から、新型コロナの感染が出始め、かなり感染が広がり、全ての学校が休校となり、選抜高校野球が中止になりました。オリンピックは来年に延期になるし、国家非常事態宣言が出され、商売と外出の自粛要請が出されました。私の75年の人生でも、全く初めての経験でした。
 5月末、一応、非常事態宣言は解除されましたが、新型コロナの感染は、相変わらず続いていますし、今後どうなるかは、誰も予想出来ないと思います。何処かの国が行っていたように、感染するだけ感染すれば、多くの人の抗体が出来、結果として新型コロナが終焉するという、自然の成り行き任せになるのかも知れません。これだけ、医学が発達した現在でも、このような事態が起きるのかと、驚きを禁じ得ません。結局、人間という生物は、長い進化の過程で獲得した、人間自身の治癒力でしか、病気を克服することは出来ないと言うことなのでしょう。医学というのは、人間の治癒力がどんな物か、医学が治癒力にどんな手助けをする事が出来るのか、その研究だったし、今後もその域を脱することは出来ないと思います。若し仮に、医学が、ロボットを修理するように、人間も同じように修理するような状況になったら、この世に生命の自由は無くなるでしょう。自由に死ぬことも出来なくなり、法律に定められたように、誰かが死を強制することになるでしょう。閻魔様のいる地獄より、嫌な世界ですね。私の残り少ない人生も、今年の初めに思い描いていた物とは、全く違ったものになってしまいました。暗闇で出口を探すようなものですが、なんとかして、新しい生き方を見つけるほか無いと思っています。
 今日は、朝から曇り空で、時々雨も落ちて来ました。そんな訳で、今日は、近くの西友に買い物に出ただけで、後は自宅に籠もり、日記をブログに上げたり、トマトソースを作り、それでピザを作ったりと、料理で時間を潰しました。

〇07月02日(木)。

 今朝はなんと、富士山が見えました。今日は、ほぼ1日中、日差しがあるようです。
 今日は、心臓の手術から、ほぼ1月が経過したので、経過診察の日でした。何時もの病院へ9時45分に着き、心電図を取って、10時過ぎに先生の再診を受けました。先生は、真っ先に先程の心電図の結果を見せて、「不整脈が出ていませんね、手術は成功したし、その後の心臓の経過も良いようです。貴方自身は、手術前のような、心臓の異常を感じますか」と言われました。「急に走ったりすると、心臓が強く脈を打って苦しくなりますが、それ以外は、特に心臓の異常を感じなくなりました」と答えると、「急な運動は、心臓に問題がない人でも、大きな負担になります、上手に準備運動をすれば、大丈夫ですよ。今後は、何の制限もありませんから、運動・食事等普通に生活して結構です。但し、半年は様子を見たいので、9月と12月にまた来て下さい。」と言われ、一応、無罪放免となりました。
 10時半には、全てが終りましたので、今日は、荻窪の善福寺公園へ行くことにしました。善福寺公園は、渡り鳥が来る時期に行くのですが、今年は、新型コロナの影響で、行くタイミングを逸してしまいました。荻窪駅から、バスで善福寺公園へ行き、下の池から歩き始めました。池には、葦と睡蓮が池面を埋めるほどに繁っていました。通常は、葉を落としたメタセコイアしか見ないのですが、葉をしっかり付けた、逞しいメタセコイアを見ました。その後、上の池に移り、青空と森の緑と白雲を摘まみに、昼食にしました。緑の善福寺公園も中々良い物です。
 食後、上の池を歩き始めたら、湧水の所で、数人のカメラマンが、カメラを構えていました。その先を見ると、翡翠がいました。私が、スマホを持ってうろうろしていると、一人のカメラマンが、「ここに来てみて下さい、翡翠が二羽同時に見えますよ」と呼んでくれました。「行ってみると、水の上の木の枝とは別の岸の方にも一羽見えました。しかし、スマホのカメラでは、旨く撮れそうにありませんでした。昔のカメラは、修理出来ないと言われ、どうしようか迷っていましたが、矢張り、新しいカメラを買おうと決意しました。
 その後、まだ時間があったので、善福寺、井草八幡も訪れて、荻窪駅に戻りました。折角だから、紅葉の時期にしか行かない、大田黒公園にも足を伸ばしました。秋とは違った、木々の勢いを感じました。私は、宗教は好きにはなれないのですが、寺や神社のお陰で、街中に緑が残っていると思い、その点には感謝しています。神社や寺が、多くの敷地を売ったのも事実だとは思いますが、、、。
 夕方は、窓から富士山を見ながら、晩酌を始めました。夜が更けると、一二夜の月が煌々と輝いていました。梅雨の晴れ間の、素晴らしい1日でした。

「垣根から 光り求めて 顔を出す アガパンサスの 青き花かな」
「睡蓮の 葉が重なるほどに 生い茂り 葉の上に咲く 睡蓮の花」
「睡蓮は 水面に咲くが ふさわしい モネも描いた 睡蓮の花」
「鳩達が 木陰に集まり 涼をとる 近づく我を 皆で凝視」
「青空に 剣先立てて 自己主張 メタセコイアの 逞しきかな」
「青空と 緑の森と 白雲を 昼餉の摘まみに 善福寺公園」
「川鵜等が 善福寺池 占領す 木陰にひっそり 翡翠夫婦」
「梅雨晴れの 夜空に煌々 十二夜の月 珍しきもの 手にした感激」

〇07月03日(金)。

 天気予報に拠れば、今日は午後の早い段階から雨になるとのことでした。そういうことであれば、午前中に散歩をしようと、9時半には家を出て、先ずは、四谷さくら公園で、念入りに準備体操をしました。昨日の、医者の言葉に従って、少しずつ身体に負荷のかかる運動を増やしていこうと思ったのです。
 その後は、私が秘密の池コースと呼んでいる、近場を歩きました。具体的に言うと、府中四谷橋、程久保川、浅川、新井橋、日野ゴミ処理場、多摩川の秘密の池、北川原公園、石田大橋、SVマーケット、我が家といった感じなのです。
 今日歩いて見て、この近辺には、中国原産のトウネズミモチ(唐鼠黐)の木が、意外と多いことに気がつきました。今丁度、花のシーズンで、木のてっぺんまで白花で覆われるため、遠目にも良く分るのです。この名前は、郷土の森博物館で知ったのですが、調べて見ると在来種のネズミモチ(鼠黐)という木もあるらしく、私には、区別が付きません。両方を見ていたのかも知れません。
 浅川と多摩川の合流点の3角地帯には、日野ゴミ処理場、浅川浄水場の大きな設備が有り、その前の多摩河原は、人手を入れない自然林となっています。そこにある多摩川の土手に沿った池を秘密の池と呼んでいます。この土手は、浅川との合流点で、無くなってしまい、府中四谷橋近くの多摩川の土手に出るには、新井橋を渡って大回りをしないと行くことが出来ません。そんな訳で、普段からこの土手を散歩する人は少なく、池を知っている人も少ないのです。しかし、この土手には、他の所では余り見られない、赤花待宵草(私が勝手にそう呼んでいるだけ)が咲いていたり、河原柴胡が多いので、私は好きな土手なのです。今日は、ミヤコグサ(都草)も見つけました。河原の森は、野蒜採りの場所にもなっています。
 今日の昼食は、浅川浄水場の浄水施設の上に作られた、大きな運動公園で、我が家の周辺の景色を見ながら食べました。側にいたのは、沢山の椋鳥だけでした。昼食を食べたら、石田大橋を渡り、SVマーケットで何時もの鶏の軟骨を買い、2時頃、我が家に戻りました。
 夕方のニュースを見ると、東京の新型コロナの感染者が、昨日107人だったのが、今日は124人だったそうです。どの様にして出て来た数字なのか、何を現しているのかも良く分りませんが、1日の感染者が3桁というのは、心理的に大きな影響を与えるようです。まだまだ、先の見えない新型コロナです。何時になったら、何も気にしないで、友達と会って、ワイワイ喋り、酒が飲めるようになるのか、それが気になります。もう一度、それをやらないと、死ぬに死ねない気がします。

「今の時期 月を見るのは 難しき 月を見ずして しぼむ月見草」
「土手の道 河原柴胡の 並ぶ道 辿りて行けば 西方浄土へ」
「武蔵野の ランドマークを 眺めつつ 椋鳥相手に 昼餉食うなり」

〇07月04日(土)。

 昨日の日記の最後に、ランドマークという言葉がありますが、この言葉を思い出すのに、今日の午後まで、かかってしまいました。毎日の日記は、特にやることが無ければ、翌日の午前中に書くことにしています。所が、このランドマークという言葉が思い出せなかったため、午後1杯かかってしまいました。
 午前11時頃、日記を書くのを中断して、時間潰しのため、チューバスに乗って、府中駅へ行きました。駅前の商店街をブラブラしていたら、洋服屋の奥に、梟の人形が沢山並んでいるのを見つけました。日本のものではないことは一目で分りました。多分インド辺りのものだと思いました。以前、吉祥寺で買ったインドの物と似た所があったのです。店員(多分オーナー)の女性に何処の物か聞いてみると、ネパールのものだそうです。彼女のご主人が、ネパール人だそうです。少し変わった梟を見ると買わずにいられません。結局、小さな梟を4羽買いました。
 府中から聖蹟桜が丘に行く電車の中で、ぼんやりと外の景色を眺めていたら、ランドマークという言葉が、急に出て来ました。必死で思い出そうとする時は、全く出て来ないのに、記憶の呼び出し機能は、どういった仕組みになってイルのでしょうか。年を取ると、記憶の呼び出し機能のどの部分が悪くなるのでしょうかねー。
 聖蹟桜が丘では、ビッグカメラに寄りました。昨日、ビッグカメラから電話があったようなのです。以前、修理のために預けていたカメラが、修理不能で戻ってきていました。仕方なく、カメラを受け取りました。政府からの新型コロナに関する定額給付金、10万円が入ったら買うことにしましょう。
 明日は、東京都知事選挙ですが、誰に投票して良いか分りません。現在の心境では、白紙投票が私の気持を一番良く表していると思いますが、皆が同じ事をやると選挙になりませんので、未だに誰に投票しようか悩んでいます。現在の小池知事だけには、絶対に投票しないつもりです。しかし、残念ながら、小池知事の再選が、一番可能性が高いようです。まあ、結局誰が知事になっても、都政は都の職員がとりまとめていくのでしょう。

〇07月05日(日)。

 今日も、午後から雨になるというので、朝9時半くらいに家を出て、四谷さくら公園で体操をした後、四谷文化センターの選挙会場に向かいました。会場に着くと、長い列が出来ていました。投票所が密にならないように、入場制限されていました。これも初めての経験でした。新型コロナは、色々初めての経験をさせてくれます。ただ、投票そのものには時間が掛からないので、15分程度で、投票を済ますことが出来ました。昨日から、誰に投票するか悩んでいましたが、白票にせず、きちんと人物を選んで投票しました。
 投票後、住宅地の中を歩いて、中河原に出て、関戸橋を渡り聖蹟桜が丘まで歩きました。関戸橋を渡った頃から、小雨が降り始めましたが、気にせず歩きました。温まった身体を冷やすには、丁度良い程度の雨でした。
 聖蹟桜が丘では、先ず本屋に寄りました。この前、荻窪に行った時、電車の中で見た広告の本を買いたくなったのです。その本は、イエール大学で23年連続の人気講義「死とは何か」で、漸く日本語に翻訳されたようです。老眼が進行し、読めるかどうか分りませんが、買ってしまいました。また、その時、本棚を廻って目にした「ウィルスは生きている」と「宇宙と素粒子」も買ってしまいました。本さえ読めれば、老後の人生も何の問題も無いのですが、恐らく以前のように読むことは出来ないでしょう。今日以前に本を買ったのは、何年前でしょうか、思い出せません。
 本屋の後、京王ストアに寄りました。京王ストアには、80歳を超したような爺さんがやっている、貝類売り場が有り、定期的にアサリや蛤、ボンビノス貝を、買っていました。それで、爺さんとも顔見知りになっていたのです。この爺さんのアサリは、身が肥えているし、砂抜きが良く出来ているので、ニンニクとセロリの微塵切りをバターで炒め、その中で貝を開かせると、とても美味しく、定期的にワインの摘まみになっていました。所が、その爺さんの貝売り場が無くなって、その辺りが模様替えされていました。プラスティックの箱の入ったアサリは売っていましたが、買う気になれませんでした。ふと、爺さん亡くなったのでは、そんな考えが頭をよぎりました。
 夜は、次男と酒を飲みながら、テレビを見ていました。8時から、NHKで都知事選のニュースが始まりました。なんと、テレビの最初の画面で、こいけさんの当確が写し出されました。そして、小池さんの当選の挨拶が行われたのです。都知事選の投票は、8時締め切りで、このニュースが流れている時は、開票もされていなかったのです。NHKが独自に行った、出口調査で当確としたのです。何時ものことではありますが、何となくしっくり来ない物を感じます。出口調査の際、記者の質問に、多くの人が共謀して、嘘の投票を答えたらどうなるのでしょうねー。事前投票が、投票の半数を超えたらどうなるのでしょうねー。私は、選挙には欠かさず行きますが、出口調査されたことがありません。

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