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2020年7月16日 (木)

2020年07月11日

2020年07月11日

〇07月11日(土)。

 5日に1度、日記をブログに上げるのですが、今日がその日でした。昨日の日記を書き、5日分の日記を見直して、ブログに上げると、午前中1杯かかりました。
 今日は、夕方、孫達が遊びに来るので、昼食後、買い物方々、近くを歩いて帰って来ました。散歩の前に四谷さくら公園で、体操をしていると、かなり大きな芋虫が、のたうち回っていました。草場から公園の石畳の上に落ちたらしく、元に戻ろうとして、藻掻いているようでした。僅か2cm程度の石の壁を登ることが出来ないのです。暫く見ていましたが、どうにもならないようでしたし、石畳は、草場と違って熱いようなので、草場に戻してあげました。なんとか羽化することを願っています。
 散歩から帰って、まだ時間がたっぷりあったので、物干し竿くらいの大きさの木の幹で、梟を作りました。2つ穴を開けて、パチンコの玉を入れただけです。但し、穴を開けるのには結構苦労しました。彫刻刀で穴を開けたのですが、思ったより木の幹が固かったのです。しかし、出来上がりには満足しました。パチンコの玉の光り具合で、怒ったように見えたり、悩んでいるように見えたり、済ましたように見えたりするのです。
 5時半頃、玄関のチャイムが大きくなって、孫達が入って来ました。新型コロナが騒がれていますが、皆元気そうなので安心しました。孫達ようの食事を作ってやれないので、聖蹟桜が丘に行って、孫達に好きな物を選ばせる事にしました。鰻、牛飯、ローストビーフ、酢豚、巻き寿司、焼き鳥等々を買って、家に帰り、早速、夕飯となりました。大人は、ビールで乾杯し、賑やかな食事が始まりました。今日は、次男が先約のため参加出来ないのは残念でした。孫達とは、6月の終りに、末の孫の誕生日で会ったばかりなのですが、会う度に成長しているように見えます。特に、声変わりしている上の孫は、顔を見ないと大人が話しているように聞こえます。孫娘は、新型コロナで一番の影響を受けました。孫達が通っている小学校は、東京都で五本の指に入る合唱部を持つ学校で、孫娘は、合唱部員です。私も、何度か孫娘の出る合唱コンクールに行きました。孫娘にとって、合唱は学校生活の支えでした。所が、この合唱部の活動は、新型コロナの影響で、学校が閉鎖されて以来、未だに中止されたままです。でも、孫娘は、なんとか乗り越えたように見えます。強い子です。末の孫も、幼稚園生から立派な1年生になりました。
 実は、今日孫達は、この前の誕生日のアイスクリームの誕生ケーキの、食べ残こしを食べに来たのです。どんな理由でも、孫達と会えれば幸せです。孫達も大人も、寝たのは12時半を過ぎていました。

〇07月12日(日)。

 今朝は、何時ものように6時半頃に起きたのですが、孫達は全員熟睡していました。数独などをして時間潰しをしていましたが、8時頃から四谷さくら公園で体操をし、府中四谷橋を往復して、9時頃に戻ると、娘、上の孫、孫娘が起きていました。
 それから何時ものように、朝食を作りました。余りにもワンパターンなのですが、昨晩の残りもあったので、孫達は、喜んで食べてくれました。所が、私に変なことが起きました。何故か、物を食べようという気になりませんでした。でも、孫達が喜んで食べているのに、私が食べないのは悪いと思い、少々無理をして、古市庵の巻き寿司を食べ、味噌汁を飲んでいたら、急に吐き気がしました。孫達に分らないように、ゆっくり洗面所に行って、吐いてきました。その後は、何も食べなかったのですが、吐き気は残り、何度もゲップが出ました。昨晩の酒のせいかもしれないと思いましたが、まだ分りませんでした。
 朝食は、11時前に終りましたが、娘も娘の主人も、酒の酔いが醒めきれないので、暫く我が家でゆっくりしていました。孫達は、3人一緒にやれるゲームに夢中でした。これも何時ものことです。
 午後1時過ぎになって、ゲームばかりでは、身体に悪いので、孫達と一緒に、我が家の前の「四谷さくら公園」に遊びに行きました。新しい「四谷さくら公園」は、今年3月26日にオープンしたので、孫達がさくら公園で遊ぶのは、初めてだったのです。家に居た時は、冷房を入れていたので分らなかったのですが、外は真夏の暑さでした。いきなり、汗が噴き出すようでした。こんな陽気の中で、孫達は、運動器具を使ったり、ジョギングをしたり、元気そのものでした。私の吐き気も、幾分治まりました。私のとって悪いことは、長く家の中に居続けることなのかも知れません。
 1時間近く遊んで、我が家に戻ると、今朝方帰ってきた次男が、起きていました。皆で、この夏どうしようか話し合い、8月の9,10日、新潟の方の海に、皆で行くことになり、予約も済ませました。新型コロナが、どの様になるか予想は出来ませんが、成り行きに任せましょう。
 孫達は、3時過ぎに帰って行き、次男はもう一度寝ると言って自室に入りました。私は、昨日の日記を書き、テレビを見て過ごしました。夜、7時頃になっても、次男が起きてこないので、一人晩酌をする事にしました。所が、何時も飲んでいるワインも、ワインの摘まみも吐き気の対象になり、喉を通すのに一苦労しました。私の人生で、こんなことは初めてでした。全く食べないわけには行かないので、胡麻豆腐、鶏の唐揚げ、チーズを必死の思いで食べました。ワインは、一口飲んだだけで、全て残しました。明日は、どうしても病院に行かざるを得ないでしょう。
 次男は、夕方8時近くに起きて来ましたので、状況を説明すると、大変心配してくれました。新型コロナと梅雨の雨のせいで、自宅にいる時間が増えたことが、影響しているかも知れないと言っていました。私も、そうだと思います。メンタルの要素が、大きく影響しているような気がしています。

〇07月13日(月)。

 今日は、午前中、「四谷クリニック」へ行ってきました。この病院には、何時も世話になっています。受付番号を呼ばれ、診察室に入ると、先生から「どうしました」と言われました。私としては、物を食べようとすると吐き気がして食べる気にならない事、必死に我慢して食べては見るが食べる量が少なくなったこと、等を伝えましたが、この苦しさがどの程度伝わったか、疑問だと思いました。先生は、熱、血圧、脈拍を測定し、補聴器で胸の音を聞き、手でお腹の状態を調べました。そして、「何処にもおかしい所はありませんね。取り敢えず、消化器の機能を調整する薬と消化剤を出しますので、様子を見ましょう」と言うことで、診察は終りました。少し様子が変な患者に対する、典型的な診察だったように思えます。薬が、食べることを拒否するような感覚を、直してくれるとは思いませんでしたが、素直に言う事を聞いて病院を出ました。
 昼食後、妻より電話がありました。妻は老後の生活を変える大きな決断を実行したようです。私は、非常に良い決断だったと思うのですが、妻は、まだ心の落ち着きを取り戻せないようでした。大きな決断だったので、時間が掛かるのはやむを得ないでしょう。今週の終りまでには、住む場所も東京に移すようです。
 電話を貰ったので、昨日から始まった、私の食事の困難さについて説明をしました。すると、妻が、「私の妹も胃を全部切り取ったので、毎回食べることには苦労しているし、食べたくないと思うことも良くあるらしいので、余り心配することは無い」と言ってくれました。お陰で、随分気分が落ち着きました。そして、電話の最後は、お互い年を取ったねー。若い時には考えられなかった身体の不調が次々におきるねー。と、二人で慰め合いました。
 今日の夜の食事は、酒無しの本当の食事になりました。スーパーで売っている小さなホットドッグ、鶏の唐揚げ1個、残り物のタン塩、サラダ少々、一日分の野菜ジュースを1時間近くかけて食べました。食事が終った頃、次男が起きて来て、一緒にテレ朝のクイズ番組や、ニュース番組を見ました。次男は、以外と現代っ子で、私には訳の分らないクイズにもすいすい答えます。頭脳もきちんと働ける若さなのでしょう。

〇07月14日(火)。

 本来楽しみである筈の食事が、毎回苦痛です。薬も直ぐには効いてくれません。若しかしたら、新型コロナに感染したのではないかとの疑念が頭をよぎります。ただ発熱も、味覚障害も、咳も無いのでPCR検査は受けられないでしょう。これでは、心の不安を取り除くことは出来ません。
 今朝、ゴルフ仲間から電話がありました。昨日、メールが入っていたのに、私が返事を出さなかったので、具合が悪いのではないかと思って、電話をしたらしいのです。確かに具合も悪いのですが、それより、心房細動の術後のリハビリ中ということを説明して、彼からのゴルフの誘いは断りました。彼は、少なからず驚いていました。
 午後は、雨が止みそうな気配だったので、聖蹟桜が丘まで、真明寺、宝蔵橋、宝泉院、東寺方緑地、霞が関橋と、少し遠回りして歩きました。
四谷橋を渡っていると、多摩川でカルガモの雛が10羽ほど泳いでいるように見えました。所が、親の姿が見えないのです。カルガモが、雛だけ川に放置するわけがありません。若しかするとカイツブリの家族だったのかも知れません。何れにしても、私の目では確認出来ませんでした。今後は、望遠鏡を持って、散歩をしようと思いました。
四谷橋を渡った頃から、急に猛烈な便意に襲われました。今にも漏れそうで、周りを見回したら、近くに真明寺が見えました。お寺の墓の側には、必ずトイレがある筈なので、真明寺の裏手の墓に廻ると、予想通りトイレがありました。所が、現在使用中で、更に一人が待っていました。この人達のトイレが長かったらどうしようと思いましたが、次々に用足しを済ませてくれて、どうにか間に合い、お漏らしをしないで済みました。これ程、便が緩くなったのは、昨日から飲み始めた消化器用の薬の影響があると思いました。
聖蹟桜が丘では、歯のクリーニングの予約をし、宝籤を買い、少しだけ買い物をして、我が家に戻りました。4時半を過ぎていました。これまでだったら、テレビを少し見て、6時頃から、ルンルン気分で酒の肴を用意するのですが、そんな気も起こらないのですから、事態はかなり深刻だと思います。取り敢えずピザを着くって焼き、トマトサラダとチーズを数種類用意して、ビールを一口飲んだら、強い拒否感が起き、それ以上ビールは飲めなくなるし、食べ物への拒否感も起きました。結局、ピザを4分の1、トマト半分、チーズ4個位を必死の思いで食べました。これまで、朝昼の食事の不足分を、夜の酒の摘まみで補っていたのですが、今日は全く補充にはなりませんでした。こんな状況が長く続けば、栄養不足で、死んでしまいそうです。

〇07月15日(水)、

 今朝も雨の朝でした。これ程梅雨らしい梅雨も珍しいと思います。しかし、その雨も、午前9時頃から、一時的に止んだので、急いで弁当を作り、10時近くには、散歩に出ました。昨日、食事が喉を通らない状況が続いたので、状況を変えることに挑んでみようと思ったのです。
 新型コロナが猛威を振るっていますが、結局、この猛威への最終的な対抗手段は、免疫力を上げることだと思います。免疫力を上げるには、良く食べ、良く運動し、良く寝ることだと言われています。現在の私は、この健康の基本が全く出来ていません。このような状態で、新型コロナに感染したら、瞬く間に重症化してしまうでしょう。
 先ず朝食は、長芋、モロヘイヤ、オクラのネバネバ系の微塵切りに、温泉卵を混ぜ、ご飯にかけて食べました。味噌汁は、インスタントの茄子の味噌汁にしました。何故か、この朝食は、拒否感が少なく、以前と同じ量を食べることが出来ました。
 その後、10時くらいから、四谷さくら公園で準備体操をした後、高幡不動まで歩きました。石田大橋を渡り、万願寺駅から安養寺、ふれあい橋を渡って、高幡不動に着きました。この前来た時は、紫陽花が満開でしたが、今日は花が少なく、蓮の花、禊萩、藪甘草などが、咲いていました。高幡不動で昼食にしようと思っていたのですが、まだ、12時くらいだったので、浅川の下流、新井橋まで歩くと、12時半になりましたので、新井橋から浅川を身ながらの食事にしました。不思議なことに、食べることに拒否感が無く、持ってきた弁当を全部食べ、1日の野菜ジュースも飲みました。矢張り、身体を動かすこと、私に取っては歩くことが、体調不良を直すには、一番だと思いました。
 気分も良くなって、新井橋から何時もとは逆に、程久保川、四谷橋と歩いて、午後2時過ぎに、我が家に戻りました。丁度、程久保川に差し掛かった所で、密度の濃い霧雨が降ってきましたが、四谷橋を渡る頃には、濡れても問題ない程度の霧雨になりました。
 午後は、先ずはシャワーを浴び、午前中やるはずの日記を書いたり、調べ物をしたり、メールの返事を書いたりして、後はテレビを見て過ごしました。夕食は、もう少しは酒が飲めるだろうと思って、酒の肴に、アボガドのカルパッチョ、蛸・貝柱・茸のアヒージョ、ボンビノス貝、サラダを作ったのですが、酒を飲むと食への拒否感が戻り、ボンビノス貝、サラダを除き、殆ど残してしまいました。胃が無いので、空腹感は無いのですが、最近は若干空腹感に似たような感覚が有り、正しくその感じがしました。明日から、夕食も酒抜きで、考える必要がありそうです。
 寝る前に、娘から電話があり、この前決めた、夏の新潟旅行は中止したいと言って来ました。新型コロナに関する政策の中で、22日から政府が実施するGO―TOキャンペーンに対して、多くの批判がなされていることを考慮したのでしょう。良い決断だと思います。新型コロナが落ち着くまで、暫くは満足な生活は出来ないでしょう。

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