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2020年6月21日 (日)

2020年06月16日

2020年06月16日

〇06月16日。

 今日も良く晴れていましたが、富士は見えませんでした。午前10時頃、雲が広がり始めたので、大急ぎで散歩に出かけました。今日は、三鷹から吉祥寺を歩きました。
 三鷹の駅から、吉祥寺の井の頭公園までは、玉川上水沿いの「風の散歩道」を歩きました。この道には、電柱と電線が無いのです。電線と電柱が無いと通りも街もすっきりとして、とても品良く感じます。小池都知事の選挙公約の中に、東京都から電柱と電線を無くすと言っていましたが、余り進展していないようです。この政策だけは、異論ありませんので、出来るだけ早く電線と電柱を無くして欲しいと思います。風の散歩道は、小池さんが都知事になる前から、電柱も電線もなかったと思います。
 風の散歩道の途中に、山本有三記念館があります。山本有三が住んでいた館だった所です。私が唯一読んだ「路傍の石」は、この館で書かれたそうです。終戦後2年目に、館は米軍に接収され、その後返還されたそうですが、個人宅にはならず、三鷹市が管理する山本有三記念館になったそうです。私は、何度か訪れていますが、今日は、記念館の裏庭で、山本有三を偲びながら昼食にしました。信じられないくらい背の高い枇杷の木に、枇杷の実が、鈴生りでした。
 山本有三記念館から、井の頭公園は直ぐ近くです。今年は気温が高いのでしょう、井の頭池の多くに水苔が大量に発生していました。50年程前5年程、吉祥寺に住んでいたこともありますし、井の頭公園には、何度も来ましたが、井の頭池のこのような光景は、初めてのような気がします。井の頭池の湧水が少なくなったのかも知れませんねー。吉祥寺に住んでいた頃、弁財天の近くにプールがありました。子供を連れて泳ぎに行ったことがありましたが、なんとこのプールの水は、井の頭の湧水を使っていたのです。水温がとても冷たく、子供達も震え上がって、泳ぎを楽しむことも出来ず、直ぐに出た事を思い出しました。このプールは、その後廃止されました。
 井の頭公園では、カイツブリ(鳰)が、留鳥になっているのは知っていましたが、今日、3羽の雛を連れて泳いでいる、カイツブリの家族を見ました。この雛達は、この池しか知らないでしょうから、完全な留鳥になり、北帰行もしなくなるでしょう。カイツブリは、皇居の池や町田の薬師池でも留鳥になっているようなので、そこの家族と交流して欲しいと思います。鳥でも、親族結婚は良くないだろうと思います。
 井の頭公園から、吉祥寺駅に行く道に、梟を売っている店が、3軒程あります。井の頭公園に来ると、必ずこれらの店に寄り、幾つか梟を買うのですが、今日も6羽飼ってしまいました。断捨離の時期なのですが、今年は新型コロナの影響もあって、毎日が変化に乏しく、梟が60羽程増えてしまいました。
 我が家に戻って、燕の巣を見ると、3羽の雛が変に重なって、巣からはみ出しそうになっていました。元々、巣が小さいのです。さてさて、どうなるのでしょうか。

「電線の 邪魔無く空を 仰ぎ見る 心も晴れる 風の散歩道」
「路傍の石 山本有三 館跡 枇杷の実仰ぎ 昼餉楽しむ」
「カイツブリ 家族揃って お散歩に 住み易きかな 井の頭池」

〇06月17日。

 今朝は、富士山が良く見えました。頂上付近も、黒い山肌に、所々白い筋が残っている、夏の富士山でした。富士を見ながらの朝食は良いものです。
 今日は、梅雨の晴れ間の最後の日だというので、早めに家を出て、みはらしの丘から、横山の道を歩くつもりでいました。所が、聖蹟桜が丘駅に着いて、永山行きのバスに乗ろうとしたら、隣りに鶴川行きのバスが止まっていました。1時間に1本しか無いバスなので、急遽予定を変え、町田市の薬師池公園に行くことにしました。鶴川行きのバスは、直ぐ近く迄とはいきませんが、薬師池公園へ1本で行けるのです。通常、薬師池公園に行く時は、永山駅までバス、永山駅から新百合ヶ丘駅まで小田急線、新百合ヶ丘駅から町田駅まで小田急線、町田駅から薬師池公園までバスでいくのです。少々歩いてもバス1本の方が良いですねー。
 鶴川行きのバスで、五反田で下りれば良かったのですが、1つ前の湯殿で降りてしまい、少し余分に歩くことになりました。それでも20分くらいで、薬師池公園の入口に着きました。急ぐことも無いので、丘の上にある「ぼたん園」に行ってみました。一度来たことはあったのですが、入ったことはありませんでした。今日は、既に花の時期は過ぎており、新型コロナの影響も有り、入園者は、草むしりの作業員3名を除けば、私だけでした。藤棚の下に丁度良いベンチがありましたので、青空と白雲、花の無い花壇を見ながら、昼食にしました。次男から「お父さんの散歩は、昼飯の場所探しのようだね」と言われたことがありますが、その通りだと思います。
 昼食後、一応「ぼたん園」を散歩し、ふれあい館などを訪れて、薬師池公園へ下りました。蓮池から紫陽花園に行くと、紫陽花の大きな花の中に、小さな花の土手がありました。何だろうと思ったら、梅花甘茶と名札が付いていました。
 薬師池公園の中の、町田市の公園施設の入口に、お土産売り場があります。恐らく、布細工のサークルに参加している奥さん達が作っていると思われる、布作りの動物が売っています。これまでに、梟を沢山買いましたが、今日も梟とカタツムリを買いました。この売り場では、何時も何人かの精神障害者の人達が、売り場の仕事を手伝っています。買った物の計算をしたり、袋詰めをしたりします。一人、市の職員がいて、間違いが無いか確認しています。特に計算は、時間も掛かるし、間違いも多いようです。しかし、精神障害者を、できる限り一般人の中で仕事をさせる試みは、非常に良いことだと思います。私も、協力している積もりです。
 今の時期、薬師池公園は、紫陽花が見頃でした。花菖蒲は盛りを過ぎましたが、まだ沢山の花を楽しむことが出来ました。菅笠にもんぺ姿の乙女が2人、咲き終わった菖蒲の花を、1つ1つもぎ取っていました。急に予定を変えて来てみましたが、それなりに楽しむことが出来ました。
 帰りは、バスで町田駅に行き、新百合ヶ丘、永山、聖蹟桜が丘経由で、我が家に4時半頃に着きました。燕の巣を見ると、昨日まで3羽いた雛が1羽しかいなくなっていました。まだ巣立ちには、早いと思っていたのですが、巣が中途半端で小さいので、少し無理をして巣立って行ったのかも知れません。

「町田市の 花の終った 牡丹園 花無き花壇 見ながら昼食」
「夏椿 牡丹の代役 務めける 我も代役 梔子の花」
「紫陽花園 蹴鞠のような 花の側 梅花甘茶の 密かに咲きぬ」
「菖蒲園 役目果たした 花片を 摘んで歩くは 菅笠乙女」

〇06月18日。

 今日は朝から曇りでした。梅雨ですから、これが本来の天気なのだと思います。日差しは無さそうでしたが、夜まで雨は降らないとの天気予報でしたので、洗濯だけはしました。
 11時頃に、家を出てさくら公園で準備体操をして、目の前の多摩川の河原に下りました。春になるまで、全くの砂利河原だったのが、半分以上緑に覆われていました。河原から消えたと思っていたハルシャギク(波斯菊、蛇目草)が点々と花を咲かせていました。何時か、以前のように河原を埋めるように咲くだろうと思いました。地球の生命のあり方は、不可思議としか言い様がありません。思っても見なかったようなことが、沢山起こります。河原は、草木の逞しさで以前に戻り、新型コロナは、人間の知恵と逞しさで、以前に戻るのだと思いながら歩きました。
 四谷橋の下から、京王線の鉄橋の下まで歩き、川の流れから川岸を守るブロックの上で、昼食にする事にしました。昼食の思い出に、鉄橋を渡ってくる電車の写真をスマホで撮り、お尻のポケットに入れて、ブロックに座ったら、スマホが、ぽとりとブロックの隙間に落ちてしまいました。狭くて結構深い隙間でしたので、手を入れることが出来ず、近くで枯れ枝などを探し、必死で引き寄せようとしましたが、手の甲を擦り剥いただけで終りました。弁当を食べる気にもならず、取り敢えず、我が家に引き返しました。
 我が家で、細い棒に鈎フックを付け、針金の先を曲げたりしたものと、料理用の長い鋏と軍手を持って、再度、スマホを落とした場所に戻りました。先程は、あれほど苦労したのに、鈎フックを付けた細い棒で、簡単に取り出すことが出来ました。道具の力は凄い物です。
 今日の散歩は、これで終りにして、我が家に戻りました。3時近くになっていました。燕の巣を見ると、巣は全く空になっていました。最後の1羽も巣立ってしまいました。壁には、壊れかけた小さな巣だけが残っていました。普通、巣立ちを見ると、心の中で拍手喝采するのですが、今回は、不安が残りました。無事に成長することを願っています。
 夕方、珍しく山の仲間より、東京散歩の誘いがありました。来週火曜日、国分寺近辺だそうです。明日から、都道府県をまたがっての往来が自由になるからだろうと思います。先ずは、少人数で歩きたいとのことでしたので、取り敢えずOKしました。どんな形にせよ、新型コロナから以前の生活を取り戻したいと思います。

「砂利河原 点々と咲く 蛇目草 河原を埋める日 遠くはあるまい」
「巣は壊れ 最後の雛も 巣立ち行く 燕の様子に 不安が残る」

〇06月19日。

 今日は、朝からずっと雨でした。何処かで少しでも止む時があったら、近くに買い物にでも行こうと思っていましたが、結局、雨は止む気配が無く、昼食も我が家で食べて、午後は、埃だらけになっている玄関の飾り物の埃取りをして、残った時間は、テレビ漬けになりました。たまたま、今日からプロ野球が開幕したので、巨人阪神戦を見ましたが、無観客試合だったので、余り楽しくありませんでした。スポーツを始め、エンターテインメントの基本は、エンターテイナーに対する、観客の応援と興奮が一体化しないと、駄目ですねー。テレビで中継を見ている人間は、勝ち負けよりも、その一体感を感じながら、試合を見ているのだと思います。
 昨日、スマホをブロックの隙間に落としたことを書きましたが、実は、最近はこうした失敗をしょっちゅうやるようになりました。皿を落としたり、小さなものに躓いたり、ズボンに足を入れるのが難しかったり、何をするかを忘れてリビングと自分の部屋を何度も往復したり、本当に年を取ったと思い知らされています。顔付きも、動きも本当に年寄りらしくなりました。私よりも、少し年を取った俳優達が、テレビに出て来ることがありますが、皆、死を間近にした老人の顔をしています。誰もが望むことでしょうが、元気な状態のまま突然死したいものです。
前にも書いたと思いますが、日本では、安楽死が許されていないので、安楽死の手助けは、殺人罪、自分で安楽死をした場合は、自殺となり、法的罰は無くとも、命を軽んじたとして社会的罰があるようです。社会的罰は、本人は死んでいるので無関係ですが、子供や孫に罰が行く恐れがありそうです。生命尊重の倫理観は、非常に重要なものだと思いますが、私は、80を超えた老人で、自己判断が出来る場合は、安楽死を選択させても良いのではないかと思っています。

〇06月20日。

 今朝は、富士山がくっきり見えました。梅雨の晴れ間に、こんなに綺麗な富士が見えると、窓を開けた時の喜びも格別です。
 今日は、監事をやっている学園の理事会の日でしたので、6時に目覚ましをかけておいたのですが、5時過ぎに起きてしまいました。お陰で、洗濯をしたり、ゆっくり朝食を食べて、7時半に我が家を出て、千葉県市川市にある学園に10時10分前に着きました。理事会は、予定通り始まり、12時には終り、昼食の弁当を食べて、学校を出ました。
 実は、先月に理事会が、前年度の最終の理事会で、新年度の理事の選出と監事の信任が行われました。理事は、1人交代し、残り9人は残留という形で、評議員会に承認されました。監事は、理事長推薦とのことで、私を含めた監事2名も留任が承認されたのです。従って、私はあと2年、監事の役に留まることになりました。
 人は、生きるために、何等かの仕事をして、お金を稼がなければなりません。生きるために必要な物が、お金の仲介なくしては、手に入れることが出来ない社会に変わって来たからです。日本の社会制度により、定年で仕事を辞めた人は、仕事はなくとも年金で暮らせるようになっています。このような状況下で、私は、年金生活者は、大学時代のクラブのOB会、大学全体のOB会、地域のボランティア活動など、お金と無関係の軽い仕事をして、人間関係が保てれば良いと考えていました。
 所が、新型コロナの影響で、これらの軽い仕事は、不急不要の物として、全部集まりが無くなってしまいました。3月の中旬以降ほぼ3ヶ月、歩く事くらいしかする事の無い毎日になりました。私の人生で、経験したことの無い社会の変化を経験しました。この経験によって、多くのことを知り、多くのことを考えました。特に、お金を貰い、責任を持ち、1つの目標に向かう仲間がいる、学園の監事という役割が、本当に重要なものだということを、思い知らされました。子供の将来、引いては、日本や世界の将来に関連する仕事を、負託してくれた友人である理事長に、本当に感謝です。少なくともあと2年、衰えていく頭を振り絞って、しっかりと役を果たしたいと思いました。
 学園を出て、上野公園、谷中銀座、新大久保コレアタウンの様子を見ました。何処も、事業が再開され、以前のような賑わいを取り戻していました。上野公園の、公園側改札の位置が変わっていたのには驚きました。谷中銀座の陶器屋では、以前も買ったことがあるのですが、小さな梟を7羽も買ってしまいました。
 夜は、新大久保で買って来たチャンジャや、アラブ風焼き鳥などで、次男と酒を飲みながらテレビを見ました。

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