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2020年6月16日 (火)

2020年06月11日

2020年06月11日

〇06月11日。

 今年の6月末で、胃癌手術から、丸4年となります。これまでの検査で、新しい癌は見つかって居ませんが、今日は、血液採取とCT検査の日でした。朝食を撮らずに、9時10分前に、多摩総合医療センターに行き、10時少し前に、血液採取とCT検査は終了しました。検査結果については、6月25日、主治医の先生から説明があるそうです。
病院内にあるコンビニで、サンドイッチとヨーグルトと豆大福を買い、散歩に出かけ、武蔵国分寺公園、武蔵国分寺、おたかの道、殿ヶ谷戸庭園を歩きました。随分久し振りでした。
 今日から梅雨入りするのではないかと言われていたのですが、午前中から午後にかけて、青空と白雲がとても綺麗でした。一番近くの武蔵国分寺公園で、青空を見ながら食事をしていると、保育園の子供達がやって来ました。三歳児くらいだと思われました。どんな生物も、子供は可愛いですね。何故、地球に生物が生まれたのか、何故これ程多様になったのか、可愛さと共に、そんな不思議さも感じました。
 食事の後、武蔵国分寺公園から、武蔵国分寺へ廻りました。国分寺の遺跡とは別に、作られたお寺です。万葉集に詠まれた花を栽培している寺でもあります。武蔵国分寺から、「おたかの道」が始まり(終り)ます。「おたかの道」の由来は、「江戸時代に市内の村々は尾張徳川家の御鷹場に指定されていました。それにちなんで、崖線下の湧水が集まり野川にそそぐ清流沿いの小径を“お鷹の道”と名づけ、現在約350メ-トルを遊歩道として整備 されています」とのことです。私は見たことがありませんが、今でも蛍が飛ぶそうです。
 「おたかの道」を歩いて、国分寺駅へ出て、殿ヶ谷戸庭園へ行きました。この時期ですから、これと言って珍しい花はありませんでしたが、緑がとても爽やかでした。殿ヶ谷戸庭園も久し振りでした。新型コロナの影響で、名のある公園類は、2ヶ月近く閉じられていましたので、それらは、全て久し振りなのです。
 殿ヶ谷戸庭園から、バスで府中へ出て、聖蹟桜が丘に行きました。ビッグカメラで、全く動作をしなくなったカメラを見て貰うことにしたのです。専門家が見れば、簡単に直るかも知れないと、淡い期待をしていたのですが、全く逆で、何処を触っても、うんともすんとも言わず、結局、カメラの製造会社であるニコンに送って、修理をする事になりました。通常なら、2週間程度で直るのが、新型コロナの影響で、修理部門が通常にワークしておらず、1月位かかるかも知れないと言われました。修理代も3万円を超えることもあるかも知れないと言われました。新しいカメラを買う余力も無いので、OKする事にしました。カメラの無い散歩は、魅力に欠けますが、修理が終るまで、スマホのカメラに、頑張って貰いましょう。

「青空の 下で元気な 子供達 新型コロナ 近づき難し」
「苔生した 庭に差し込む 木漏れ日の 昔も同じか 武蔵国分寺」
「崖下の 湧水集めて 蛍川 流れ伝いの おたかの道かな」
「葉の陰に 緑の玉が 隠れてる 秋は紫 アケビの実かな」
「殿ヶ谷戸 芝生に映る 松の影 盆栽状の 枝振り見事」
「一面の 緑の芝生に 庭石菖 君に似合いの 花畑かな」

〇06月12日。

 今朝は、富士が隠れたり顔を出したりを繰り返していました。昨日の雨の影響でしょうか、頂上付近も黒い筋が、かなり大きくなりました。この様子を写真に撮りたいのですが、それが出来なくなりました。
 午後3時には、雨になりそうでしたので、午前10時10分には家を出て、高尾森林科学園、武蔵野陵、陵南公園へ行くことにしました。エレベーターの前の燕の巣には、2羽の子供の顔が見えました。良く分りませんが、もう少しいるような気もします。2日前に、雛が生まれたのを確認しました。今年は雛が生まれないかも知れないと、随分心配しましたが、杞憂に終り一安心しました。この雛の写真も撮りたいので、スマホで撮ってみましたが、思ったような写真には、なりませんでした。
 電車で高尾まで行き、先ず、森林科学園に行ったのですが、まだ休園中でした。ここは、日本中の桜を集めた、桜保存林が有名なのですが、昨年の台風19号で大きな被害が出ました。それでも、桜保存林を除いて、開園していたのですが、新型コロナによる非常事態宣言を機会に、全園休園となりました。観光地でもないし、桜の時期でも無いので、ゆっくり手入れをすることにしたのでしょう。
 仕方が無いので、直ぐ近くの、多摩陵と武蔵野陵に足を伸ばしました。ここは、普通の通り開かれていました。そろそろ12時近くになり、お腹も空いてきましたので、大正天皇の多摩御陵は行かず、昭和天皇の武蔵野御陵にだけ、お参りしてきました。広い御陵に参拝者は、私の他に1名だけ、とても3密などなるわけがありません。
 御陵から、欅並木を歩いて、陵南公園に出ました。12時半を過ぎていました。この公園も、老人がポツリポツリと歩いているだけでした。野球場は使えませんし、子供用の遊具もテープが貼られて、使えない状態でした。これでは、子供や若者は来ないでしょう。2人しかいない広場のベンチで、昼食にしました。手入れは充分に行われているようで、周囲の花壇には、沢山の花が咲いて居ました。
 食後、高尾駅に戻り、京王線の特急で桜ヶ丘に戻るつもりでしたが、たまたま来た各駅停車の電車が、京王ライナーに使われる乗り心地の良い電車だったので、高尾から百草園駅まで各駅低所の電車に乗り続け、百草園駅から我が家まで、歩いて帰りました。家に帰り着いたのは、2時半頃でしたが、雨は一切降らず、汗だくの散歩となりました。

「燕の子 早くも餌を ねだってる 沢山食べて 大きくなーれ」
「庭先に 溢れんばかりの 白き花 君の名前が 思い出せない」
「釣鐘の 蛍袋の 花の内 光る蛍を 一度は見たし」
「花片が 紅色の 額紫陽花 花好き家主の 自慢の花かな」

〇06月13日。

 昨日の夜から、降り続いているのでしょうか、今朝は朝から雨で、一日中降っていました。本当に梅雨らしくなりました。
 朝、やるべき事を終えて、10時過ぎに、西友の入っているショッピングモール行きました。散髪をするのが目的でした。新型コロナの感染予防のため、外出自粛が言われるようになって、ずっと自分で髪を切っていました。しかし、東京アラートも消え、外出自粛要請も緩やかになってきましたし、家にずっといたくはなかったので、モールの中にある1000円のカット専門の散髪屋に行ったのです。散髪屋は、行列が出来る状態で、私の前の客が15人程居ました。取り敢えず、100円ショップダイソウ、ノジマ電気、スポーツデポ、コーナンホームセンターを見て、30分程時間を潰しました。何処も、結構な人が来ていました。ショッピングモールは、買い物だけで無く、気分晴らしにも役立っているようでした。
 30分して、散髪屋に戻ると、私の順番は、あと3人後になっていました。3人で作業していましたが、各々一人に要する時間は、15分足らずなのです。直ぐに私の順番が来て、夏向きに思いっきり短くして貰いました。
 年を取って、記憶が定かではありませんが、50年程前は、専門の理髪店に行くと、4000円程費用がかかったと思います。顔も剃ってくれましたし、鼻毛も切ってくれました。勿論頭も洗ってくれました。爪を切ってくれる所もありました。でも今は、単に髪を切るだけの、1000円のカット専門で充分だと思います。
 その後、西友に寄って買い物をし、12時頃に我が家に戻りました。今日は仕方なく、我が家で昼食にしたのですが、なかなか箸が進みませんでした。午後からは、日記を書いたり、花の名前を調べたり、夕食を作ることを除き、殆どテレビを見て過ごしました。こんな生活を続けると、筋肉を始め、身体の諸機能が衰え、認知症になるというのは、尤もな話だと思いました。
今日の収穫は、我が家のベランダで、花を咲かせた草花の名前が分ったことです。ヒメフウロソウ(姫風露草)でした。一昨年、近くの昔道を散歩した時に咲いていたので、ベランダに移して育てていたのです。去年は、花は咲きませんでしたが、今年は沢山の花を咲かせました。

「君の名が 分った今日は 良き日かな 我も納得 姫風露草」

〇06月14日。

 朝から雨が降り続いていました。「少しで良いから止んでくれないかなー」と思いつつ、ベランダに何度も足を運んでいると、10時近くになって、雨の神に願いが届いたのか、雨が止んだのです。大急ぎで準備して、多摩川の土手に出ました。雨が止んだ状態が、何時まで続くか分りませんが、取り敢えず多摩モノレールの万願寺駅まで歩き、そこから、立川根川公園の中にある柴崎体育館駅に出て、この前、途中で止めにした、残堀川、立川根川公園を廻り、そのまま我が家まで歩いて帰ることにしました。
 歩き始めると直ぐに、雨が降り始めました。しかし、傘をさす程でも無く、雨の心地よい冷たさと、雨に霞んだ多摩川の風景を楽しみながら歩きました。予定通り、立川根川公園に着くと、雨は一層強くなり、傘をささずに歩けなくなりました。何時もは水が少ない残堀川も増水していました。根川のせせらぎに雨が落ち、無数の波紋の輪が、出来ては消え、また出来ては消えしていました。せせらぎの側の道には、ドクダミの花とトキワツユクサの花が、白さを競っていました。雨を受けた大きな紫陽花は、頭を垂れていましたが、額紫陽花は背筋を伸ばし、凜と咲いていました。雨の中の散歩も中々良いものでした。
 歩いている内に、12時を過ぎてしまいましたので、雨の中、葉の多い桜の木の下で、カルガモ達を見ながら昼食にしました。時々、桜の葉から、大きな雨粒が落ちてきました。
 食後、中央高速の橋の近くの運動公園に行くと、沢山の子供達が、雨の中、元気に野球やサッカーの練習していました。昨日から運動公園が使えるようになったようです。少しずつ少しずつではありますが、新型コロナの非常事態宣言以前の姿が戻っているようです。
 国立のSVマーケットで、何時もの鶏の軟骨を買って、我が家に午後1時半位に戻りました。我が家の近くの土手の道に、カタツムリが迷い出ていました。自転車か何かに引かれたのでは無いでしょうか、殻が一部壊れていました。取り敢えず草の中に写してやりました。
丁度我が家の玄関の戸を開けた時、電話だけのお付き合いの女性から電話がありました。新型コロナが騒がれ始めてから、これまで電話がありませんでした。電話だけの付き合いですから、何時も長電話になるのですが、今日は2時間近く話してしまいました。新型コロナのこと、安倍政権のこと、都知事のこと、都知事選のこと、同和のこと等々でした。私の生半可な知識も、敬意を示して聞いてくれるので、私も、調子に乗って、ついつい長話になってしまいます。
 夜は、SVマーケットで買ってきた、牡蠣フライ、春巻きなどを酒の肴にして、次男とゆっくり飲みました。

「せせらぎに 雨粒落ちて 波紋の輪 広がる前に 消える運命」
「紫陽花の 大きな花に 雨の落ち 頭を垂れる 姿いじまし」
「笹藪の 笹の子沢山 空に延び 食べる時期は 過ぎたる如し」
「川縁に 常磐露草 ドクダミの 白さを競う 揃い咲きかな」
「石垣の 窪みに落ちる 花片が 星のようなる アベリアの花」
「グランドに 子供の声が 戻ってる 明るい未来 呼ぶ声なりき」
「雨霞 浮き世の穢れ 押し隠し 多摩の流れも 水墨画なり」

〇06月15日

 今日は、梅雨の晴れ間のようです。朝、黒い部分の多い富士が見えました。ほぼ、夏の富士に変わりました。この富士を見て、今日はメモリアルガーデン多摩墓地に行こうと決めました。丹沢と富士が一望出来るのです。
 3日分の洗濯を済ませ、鶏の軟骨を日干しにして、10時には家を出て、よつやさくら公園で準備運動をして、昨日と同じように多摩モノレールの万願寺駅まで歩き、昨日とは逆方向の多摩動物公園駅で降りました。そこから、七生谷戸を歩き、メモリアルガーデンに着きました。墓地の最上部の所に、四阿が有り、見晴台のようになっています。白く霞んだ丹沢と大室山は見えましたが、富士は見えませんでした。最初は、そう思ったのですが、良く良く目を凝らしてみると、大室山の少し左に、黒い影のような富士を見つけることが出来ました。夏の富士山になったから見えたのでしょうねー。多摩、武蔵野、丹沢、そして富士を見ながら、昼食にしました。今日、この場に来ることを決意して、本当に良かったと思いました。
 昼食後、東京薬科大の薬草園も見る事が出来るかも知れないと思いましたが、薬科大は、まだ、閉鎖されたままでした。昨年までは、2ヶ月に1度は、薬科大の薬草園を訪れていたのですが、今年はまだ1度も行っていません。新型コロナの終息を心から願っています。
 その後は、平山季重の道、平山城址公園の展望広場、山ツツジの小径、草広場、猿渡の池、さくらの道を歩いて、公園北中央口から公園の外に出ました。草広場以降は、4,5年振りだったと思います。森の中では、多くの鶏が鳴いていましたが、ホトトギスの鳴き声だけは、直ぐに分りました。その後、直ぐ近くの平山季重神社に参拝し、神社の脇の急な坂道を下りるなど、初めて歩く道を通って、平山城址公園駅に出ました。今日の散歩は終りです。霞んだ富士を見つけたことだけでも、大満足でした。
 家に帰り着くと、燕が餌やりをしている所でした。雛達も随分大きくなりました。巣立ちは何時頃になるのでしょうか、巣立ってしまうと寂しくなります。
 夜は、また次男と軽く飲みながら、晩酌をしました。鶏の剣状軟骨、鶏の膝軟骨、焼き鳥と鶏尽くしとなりました。

「多摩の里 紫陽花の花 満開に 庭も畑も 紫陽花だらけ」
「教会を 取り囲んで 花咲かす 信心深き 紫陽花の花」
「頂きの 黒き山肌 雲の上 霞に負けず 富士の顔出す」
「丹沢と 大室山と 富士の山 一望しつつ 弁当旨し」
「林から 早口言葉 聞こえ来る 特許許可局 ヤマホトトギス」
「叢に 白き虎の尾 咲き始む 頭隠して 尻隠さずなり」

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