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2019年9月23日 (月)

2019年09月17日

2019年09月17日
 〇今日は、午後5時半から、都心の大学で、OB会の会議が予定されていました。一時間半前に出れば充分間に合うのですが、1時間ほど前に家を出て、国立で、明日の妙高高原までの切符を買いました。国立のみどりの窓口は、対応する人が一人しかおらず、結構長い行列が出来ていました。1時間早く出たのは、正解でした。
 〇大学には、5時15分に着きました。30分ほど、担当者と打ち合わせをし、更に軽食を食べて、6時半から会議が始まりました。今日は、議題が少なく、かつ、議論するようなこともなかったので、なんと18分、6時48分には、会議は終了しました。これまでの最短記録でした。お陰で、飲み会の時間が長くなり、はしご酒をして、帰る時間は、何時もと同じ11時頃になりました。

09月18日
 〇今日は、現役のクラブの合宿に参加する日でした。朝6時に起きて、7時過ぎには我が家を出ました。国立までバスで行き、西国分寺、武蔵浦和、大宮、長野、妙高高原と電車を乗り継ぎ、11時40分頃、妙高高原に着きました。タクシーで合宿地のロッジまで行こうとしたら、クラブの顧問の教授の顔が見えました。そういえば、去年から顧問も合宿に参加するようになったのです。直ぐに、ロッジから迎えが来て、私も同乗させて貰いました。
 〇ロッジに着いて、ロッジのお母さんに挨拶をし、持ってきたお土産を渡し、暫く話していると、練習していた現役が帰ってきて、昼食になりました。昼食は、30分ほどで終わり、3時から始まる合宿最終日の成果発表式までには、一時間半ほど時間がありました。この時間を利用して、イモリ池と妙高高原ビジタセンターまで、季節の花を見ながら歩きました。
 〇3時から立派な体育館で、予定通りに成果発表式が始まりました。今年から、町の職員が町内放送で、成果発表会への参加を町民に呼びかけてくれるようになりました。お陰で、昨年までは、ロッジ関係者が10名程度だった参加者が、今日は、ロッジ関係者も含めて100名近くの町の人達が来てくれました。現役も、気合いが入ったと思います。成果発表会は、1時間ほどで終わりました。合宿での練習の成果が、良く分りました。見に来てくれた町の人達から、演技の至る所で歓声が漏れるほどでした。歳を取って、涙腺が弱くなった私は、涙が出そうになりました。
 〇ロッジに戻り、合宿最後となる豪勢な夕食を食べ、8時頃から納会となりました。20歳に達した現役は、缶のハイボール等を飲み、20未満の現役は、ジュースで、合宿の思い出などを話していました。今年の1年生に、私の孫と同じ高校の同級生がいて、嬉しくはありましたが、老いを直視させられました。暫くは学年毎のグループで話していたのですが、9時近くになった頃から、女性達が、スマホから取った曲で、歌とダンスに変わり、大盛り上がりになりました。男性軍は、女性軍に圧倒され、寄り集まって固まって居ました。我々の若い頃とは様変わりですが、お陰で楽しい納会となりました。

「あちこちに 現の証拠の 花畑 病人多き 里でありしか」
「イモリ池 水面を覆う 睡蓮の 花を愛でつつ 妙高仰ぐ」
「乱れ咲く 君は嫁菜か 柚香菊 見分けつかねど 何れも美し」
「後輩と 合宿生活 共にして 我が青春の 思い出辿る」

09月19日
 〇朝8時には朝食が終り、9時過ぎには、迎えの大型バス2台が到着しました。荷物を詰め込んだ後、記念撮影、ロッジの人達へのお礼等、別れの行事を一通りやって、現役達は、10時過ぎにロッジを後にしました。
 〇私は、長野の友人がロッジまで迎えに来てくれるというので、ロッジのお母さんと話しながら、友人を待ちました。10時半くらいに友人は着きました。直ぐに、ロッジを後にする積もりだったのですが、お母さんが話したかったらしく、30分ほど一緒に話ました。地元が近いので、色々と話が弾んだのです。
 〇ここ10年近く、毎年、妙高高原の現役の合宿に、最後の1日だけ参加していますが、その後は、必ず昔の職場の友人宅(リゾートマンション)に泊まり、旅行をしたり、酒を飲んだりして、旧交を温めることにしています。今日は、一茶館、信州高山ワイナリー、高山村松川渓谷雷滝(裏見の滝)、八段の八滝を案内して貰いました。裏見の滝は、水量、高さ、水飛沫、葉を通して差し込んでくる陽の光、全て感動的でした。また、一茶館で一茶が、簡単な絵や短歌もやっていたことを知りました。一茶の俳句や短歌を見ていると、現在の私の短歌擬きと良く似ているような気がします。知らず知らずに、一茶の俳句の影響を受けていたのかも知れません。ワイナリーは、新しく小さなものでしたが、取り敢えず赤と白のワインを1本ずつ買いました。
 〇5時には友人宅に戻り、相撲を見た後、マンションの温泉風呂に入り、近くの食堂・高山亭で食事をしました。この食堂は、近くの酒造会社が、渋沢栄一の家を購入移築した物だそうです。木立の中にある良い雰囲気の食堂です。酒造会社がやっているので、地元の日本酒やワインが、豊富に揃っていて、楽しく飲める所でもあります。此処で飲むのは3度目でした。何時ものように、職場時代の思い出話をしながら、大いに飲み、大いに酔ってしまいました。

「直筆の 一茶の俳句と 一茶の絵 これまで知らぬ 一茶知るなり」
「渓谷に 葉を透かして 日の入り 森は明るき 緑の天幕」
「流れ落つ 滝の裏から 谷を見る 飛沫受けつつ 裏見の滝かな」
「長野にも 酒酌み交わす 友ありて 今宵は友と 旧交温む」 

09月20日
 〇今日は、南信の阿寺渓谷を案内したいというので、朝食を食べて、8時半には友人宅を出ました。水が、ブルーやエメラルドの宝石のような色なのだそうです。道を完全に憶えていないので、ナビに阿寺渓谷を入れようとするのですが、古いビデで、どうしても阿寺渓谷が入りませんでした。仕方なく、渓谷のある村の名前を入れて出発しました。高速道路で塩尻まで行き、その後国道19号に入りました。途中、漆工芸が盛んな村で、トイレのために、道の駅に寄りました。漆工芸も見事でしたが、塩尻ワインがあるというので、またしても買ってしまいました。また、この近くは、「さるなし」が名物らしく、ジャムとか様々な「さるなし」製品が売っていました。「さるなし」はキウイの原種だそうです。何を買うか迷ったあげく、何も買いませんでした。今思えば残念でした。この辺りは、関取御嶽海の故郷だそうです。何処でも、御嶽海応援の凄い熱気を感じました。その後、目的地を目指しましたが、ナビのお陰で、何度か道を間違ってしまい、結局、別の道の駅で、道を聞くことにしました。聞いた所、直ぐ近くまで来ていました。本来、12時に着く所が、1時に着きました。
 〇阿寺渓谷は、深い森の中に、白い花崗岩の大きな岩がごろごろした、他の渓谷とは違った雰囲気がありました。友人が言う通り、渓谷の淀みの深さに応じて、薄いエメラルドから濃いエメラルド、そして青空が落ちてきたようなブルーと、本当に素晴らしい物を見せて貰いました。友人に寄れば、秋が深まると、森が朱く染まり、更に美しい光景になるそうです。地球が見せてくれる、多様性の広がりは、神秘そのものです。
 〇渓谷のあちこちを見ていると、何時も長崎ナンバーの車がありました。若い夫婦の二人連れでした。懐かしくなって、声をかけてみたら、なんと私が泳ぎに行っていた、小江原という村の出身でした。暫く、長崎の話をしました。今は、名古屋の方に住んでいるそうです。
 〇帰りの時間もあるので、2時には、阿寺渓谷を出て、塩尻に向かいました。昼飯がまだなので、蕎麦屋に寄ろうとしたら、何処も休憩時間になっていて、仕方なく休まず営業している、うどん屋に入りました。そば処長野で、讃岐うどんを食べました。塩尻には、4時20分に着きました。駅で友人と別れ、4時38分の特急「あずさ」で、帰りました。立川には、7時38分、丁度3時間かかりました。立川からバスで、我が家には8時20分頃に着きました。
 〇家には次男がいて、丁度ラグビーの第1戦、日本対ロシアの試合が始まる所でした。日本にミスが多く、冷や冷やしましたが、取り敢えずワールドカップ幕開けの試合に、勝つことが出来ました。ロシアは、参加したチームの中で、1番弱いチームだったようです。長く楽しかった3日間が終わりました。

「次々と 色の異なる エメラルド 阿寺渓谷 宝石渓谷」
「旧来の 友より受け取る 宝石の 心の中で 光増すなり」

09月21日
 〇今日は、市川の学園の理事会の日でした。理事会は、何時ものように12時には終わりましたので、食事を済ませて、「お台場」に向かいました。今日から3日間、フィエスタメヒカーナが開催されている筈なのです。若し今日が、理事会でなければ、午前中、近くの日航ホテルで行われた、アミーゴ会の20周年記念行事に参加する予定でした。
 〇お台場に着いたら、フィエスタメヒカーナは、沢山の人で賑わっていました。アミーゴ会の本部のテントの所へ行くと、良く知った顔が幾つもあり、「なんでアミーゴ会に来なかったのだ」と叱られてしまいました。その後、知り合いと別れて、ビールを飲みながら、フィエスタメヒカーナを楽しみました。
 〇余り長居をする所ではないので、3時にはお台場を離れました。モノレールの一番後ろの席に乗り、昨日の長野とは全く異なる、都会の谷間を楽しみました。新橋からは、銀座通りを歩いて、数寄屋橋交差点に出ました。交差点の直ぐ手前の熊本館で、豆腐の味噌漬けを4個も買いました。他にやまうに豆腐も2個買いました。10月5日に予定されている、娘の所の上の孫と、私の誕生会の酒の肴にするつもりです。日本酒の摘まみには、最高です。
 〇留守中に、岡山の備前焼の友人からゆうパックが届いていたようなので、府中の郵便局に寄って、引き取りました。友人は、ドイツで備前焼の展示即売会をやっていたのですが、その時のお土産でした。恐縮もしますが、心遣いは、本当に嬉しいです。
 〇我が家に、5時近くに着きました。次男は、今夜は友達との約束があるので、出発の準備中でした。私は、家について直ぐ、近くの西友に買い物に出かけました。旅行に出る間に整理していたので、果物やヤクルト等が無くなっていたのです。西友の前で、細い道を渡らなければなりません。トラックが止まってくれて、横断歩道を渡るように合図をしてくれました。トラックの運転手の好意を受けて、急いで横断歩道を渡り始めました。トラックの前を過ぎて、残りの半分を渡ろうとしていると、反対側から車が、かなりのスピードでやって来ました。私が渡っているので、止まるだろうと思ったのですが、全く止まる気配が無く、ぶつかる直前で、車はブレーキを踏み、私は、身体をひねってすり抜けました。あわや、死ぬ所でした。
 〇今日は、3日振りに、独りで野球を見ながら晩酌をしました。私は、アンチ巨人なのですが、残念なことに、巨人のリーグ優勝のシーンを見てしまいました。

「天を突く 高層ビルが 林立す 車流れる 東京渓谷」

09月22日
 〇5時過ぎに目が覚めたので、ベランダに出てみると、七生丘陵の上の空が、薄らと朱くなっていました。夜明けが始まっているようでした。午後には、雨になるかも知れないというので、朝飯前の散歩に行ってきました。四谷橋を往復するだけの1時間足らずの散歩でした。日の出そのものは、雲に隠れて見えませんでしたが、龍のような雲が、太陽目がけて空を泳いでいました。
 〇6時半頃に散歩から戻り、久し振りに、蜜柑の木を見ると、殆どはは亡いのですが、去年からの固い葉を、1匹の緑の芋虫が、しぶとく食べていました。隣の山椒の木は、今年3度目の芽吹きをしていました。そろそろ、葉を落とす時期なのですが、さて、どうなるのでしょうか、、、。
 〇その後、今日は、一日買い物にも出ないで、5日分の日記を書きました。流石に疲れたので、5時から相撲の千秋楽を見たら、一昨日、故郷を訪れたばかりの御嶽海が、決勝戦の末、優勝しました。故郷では大騒ぎでしょう。6時半頃から、巨人―ヤクルト戦を見ながら、晩酌にしました。昨日、買って来た「やまうに豆腐」等を肴に、日本酒を飲みました。「やまうに豆腐」は最高でした。
 〇夜中9時頃から、雨になりました。台風17号の余波らしいです。台風の本体は、故郷の長崎を直撃しているようです。昔から、台風銀座と言われていましたので、慣れてはいるでしょうが、矢張り心配です。

「多摩の里 今は我の 故郷に やがては我の 死に場所ならん」

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