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2019年9月 1日 (日)

2019年08月25日

2019年08月25日
 〇一昨日夜の頻尿は、昨夜はありませんでした。一体どうしたのですかねー、訳が分りません。一昨日、何か尿意を促すような飲み物を飲んだのかも知れません。その前日のPET検査が影響していたのかも知れません。何れにしても、以前の状態に戻ったのですから、良しとしましょう。
 〇今朝、我が家の方から見る西の空は、富士は見えませんでしたが、雲1つ無い良い天気でした。何故か気分が高まって、高尾山から相模湖の方へ行ってみたくなりました。癌の手術をした後、1度も行ったことがなく、随分久し振りでした。相模湖方面へ降りた所にある、茶屋でビールを飲んで、直ぐ近くの寺の御朱印を貰って等と、勝手に頭の中で予定を立てていました。
〇このコースは、結構時間が掛かるので、午前中の仕事を早く済ませ、11時過ぎに家を出て、高尾山口に12時15分に着きました。12時30分のケーブルカーに乗って、山頂駅から何時ものように、薬王院へ向けて歩きました。するよ猿圓の近くで人だかりが出来ていました。何かと思ったら、蛇が何かを捕まえて食べている所でした。白い蛇に見えましたが、多分青大将の腹の部分だったのだろうと思います。薬王院に参拝し、頂上に着いたのは、1時15分くらいでした。今日の霞は、丹沢の蛭ヶ岳が見えない程で、まるで雲の中にいるようでした。高尾山は、2週間ほど前に、名古屋の友人と来たばかりでしたが、その時は、ツクツク法師の鳴き声は聞けなかったのに、今日は、ツクツク法師の大合唱でした。尾根を抜ける風も、肌に心地よい秋の風に変わっていました。季節の移ろいを感じました。
〇頂上には長居をせず、相模湖方面に下りることにしました。この時、相模湖方面へ行くには、先ずは、大垂水峠へ降りれば良いと、勝手に思い込んでしまいました。多摩紫陽花などの花の小径を歩いて、実際降りてみると、お寺など家らしき物が何も無い、甲州街道の道に出ました。仕方なく、満足に歩道が無い、あっても草木が伸びて満足に歩けない、車の多い道を1時間ほど歩きました。カーブが多いので、カーブを曲がって初めて、私の姿を見る車が多く、良く事故も無く歩くことが出来ました。
〇1時間くらい歩いて、3時45分くらいに、以前降りていた、千木良地区へ着きました。見覚えのある寺が見えました。思い出しました。此処へ降りるには、小仏城山から「関東ふれあいの道」を降りなければならなかったのです。以前は、此処から弁天橋を渡り、相模湖の向こう岸に行き、更にダムの上を渡って、相模湖駅に行っていたものでした。今日は、遅くなったので、善勝寺の御朱印を貰い、4時19分発のバスに乗り、相模湖駅に着きました。相模湖は、全く見ずじまいでした。相模湖駅を4時48分の電車で、高尾に5時頃着き、京王線に乗換え、5時10分くらいに北野で特急に乗換えました。これで、楽々6時までには、家に帰り着くことが出来ると思いました。
〇所が、何と言うことか、線路に人が立ち入ったとかで、北野を出てから直ぐ、電車が止まってしまいました。動き出したのは、40分後でした。そして、我が家に辿り着いたのは、7時を過ぎていました。「予定は未定にして決定にあらず」、思い通りに行かない1日でした。

「高尾山 森に木霊す 蝉時雨 夏の終りの ツクツク法師」
「葉を揺らし 肌を撫で行く 尾根の風 秋の気配を 肌にて感ず」
「大岳も 富士の高嶺も 雲の中 高尾の上は 青空なのに」
「処暑も過ぎ 季節は秋へ 高尾山 小径を埋める 玉紫陽花」
「玉割れて 紫の花 顔を出す 予想を超える 花の道かな」
「名と花と 漸く一緒に なりました 微風に揺れる 松風草かな」 
「緑色 花そのままの 花の跡 花の季節に 会いたいものだ」
「薄暗き 小径の先の 緑の灯 天へと続く 梯子なりしか」
「葉の上に 小さく可愛い シジミ蝶 子犬の笑顔 見るかの如し」
「苔生した 岩が地蔵の 顔に見ゆ 気持は同じ 賽銭多し」 

08月26日
〇朝食を食べて、歯磨きをしていたら、娘から電話があり、既に退院している上の孫の術後の経過を見るために、病院へ行かなければならないので、孫娘と末の孫を見て欲しいと頼まれました。特に予定が無いので、孫達を預かることにしました。
〇9時過ぎに、孫達が来て、娘と上の孫を送った後、近くの四谷さくら公園、西府緑地公園に遊びに行きました。この地区は、もう学校が始まっているようで、公園には、子供の姿がありませんでした。孫達の住んでいる八王子の学校は、今週の木曜日から2学期が始まるようです。末の孫は、負けず嫌いですから、兄さんや姉さんがやっていることには、何でも挑戦してきました。ブランコも独りで漕げるようになりました。網の橋も渡れるようになりました。トンネル滑り台も滑るようになりました。ターザンロープで遊べるようにもなりました。所が、慎重派でもあるのです。無鉄砲な挑戦はしないのです。今日、公園に消防士が緊急の際使うような、垂直の鉄の棒があり、3mの高さを一気に降りる遊具がありました。運動神経抜群の孫娘が手本を示しました。そこで私が「おまえもやってみるか?」と聞いたら、「ううん、僕には無理」と、全く興味を示しませんでした。末っ子の特権のように、日頃は我が儘で破天荒に見える末の孫の、別の一面を見ました。生まれつきの性格なのか、親の躾なのか分りませんが、良い感じに成長しているように思えました。
〇1時間ほど遊ぶと、かなり暑くなったので、西友でアイスクリームなどを買って、家に戻り、朝からアイスクリームを孫達と一緒に食べました。11時頃、娘から電話があり、レントゲンは終わったので、11時40分には、我が家に着くと言ってきました。その時間に、玄関で娘の車を待ち、皆で「スシロウ」に行き、昼食を済ませました。本来なら、小学生の孫娘と上の孫は、夏休みの宿題が終わっておらず、我が家に戻って直ぐ帰る予定だったのですが、末の孫が「将棋の山崩しをやりたい」と言って駄々を捏ねました。こういう所は末っ子です。まだ、手術が終わって間もない上の孫は、青ざめた顔をして付き合いました。山崩しが終わって、お金の取り合いを暫くやって、末の孫も満足しました。山崩しを家でもやれるように、将棋盤と将棋の駒を持たせ、2時頃に帰っていきました。
〇孫達が帰ってから、暫く前から動かなくなっていたプリンターを、ノジマ電気に持って行き、動くように出来るか聞いてみました。女性の店員が、対応してくれましたが、最初は、この人情報機器の専門なのかなと、疑問に思えるほど、手当たり次第にプリンターを触っているように思いました。所が暫くすると、次第に問題点の核心に近づき、やがて動くようになったのです。この店員を見直しました。これなら、少々代金が高くても良いかと覚悟して、修理代を聞いた所、別に修理したわけでは無いと言って、無料でした。感激しました。
〇家に帰って、娘に電話して、プリンターのノズルやヘッドをクリーニングするやり方を教えて貰い、やっとプリンターが普通に戻りました。何でも、修理好きの私なので、とても良い気分で、晩酌も美味しく飲めました。

「親抜きで 孫等と遊ぶ 爺様は 孫等にとっても 家族の一員」

08月27日
 〇今日は、体育会OB同期会の準備のため、幹事の同期6人が集まりました。ただ集まって、協議をするだけでは詰まらないと、女性幹事のアイデアで、舎人ライナーに乗って、見沼親水公園を歩くことになりました。誰もが初めての場所でした。名前から想像すると、大きな池のある広い公園のように思われました。しかし、行ってみると、以前、川だった所を暗渠にして、道路と親水公園にしたもので、細い人工の流れでした。しかも、6人とも健脚揃いだったので、1時間も掛からず、歩き終えてしまいました。
 〇仕方が無いので、この近くの有名な寺である西新井大師に行くことにしました。ここら辺りは、区としては足立区なんですが、6人とも縁遠い所で、道行く人に教えて貰いながら歩きました。途中、なんと読むのか分りませんが「然屋」という博多ラーメンの店で昼食にし、食事をしながら、今日の本来の目的である、体育会OB同期会の打ち合わせをしました。と言っても、日にちと開始時間を決めただけでした。後、食事とか飲み物については、幹事の一人に押しつけてしまいました。所で、店の名前は、後で調べたら「ぜんや」でした。
 〇食事後、30分ほどして、西新井大師に着きました。広い敷地に、豪壮な建物が幾つもありましたが、現代の建築技術をもって建造されており、仏教寺院としての厳粛さに欠け、皆、あまり感動しなかったようです。最後に、参道の横丁にある「河村屋」という稲荷寿司屋に立ち寄りました。角煮稲荷、胡麻稲荷、出世稲荷という縁起物の稲荷寿司を売る店で、テレビでも紹介されたことがあり、知る人ぞ知る店で、私が紹介しました。最後に、店主が出て来て、店そのものが、非常に縁起の良い所にあると、一所懸命説明しました。私は、同じ話を3回聞く事になりました。
 〇現在無人駅で、機械式の改札も無い、東武線大師前駅から西新井駅に出て、その後、それぞれが、それぞれの帰り方に応じて帰って行きました。
 〇私は、5時半からの大学全体OB会の会議に出て、その後何時もの通りに再議の参加者と酒を飲み、11時過ぎに我が家に戻りました。今日の会議で驚いたのは、女性の物凄い剣幕でした。女性も興奮すると、かなり激しい口調になる事を、初めて知りました。

08月28日
 〇今日は、朝から雨でした。何処にも出る積もりはなかったのですが、大事な郵便物が、府中駅近くの武蔵府中郵便局に置かれているのを思い出して、受け取りに行くことにしました。午前中の仕事を終え、11時過ぎに家を出て、12時には郵便物を受け取りました。雨が降っているので、魚屋の「浜喜屋」で、晩酌の摘まみを買っただけで、1時過ぎには、我が家に戻りました。
 〇午後は、まだ返事をしていない5件ほどのメールに返事をして、普段は見ない刑事物のテレビを、2時間も見てしまいました。
 〇夕方、ニュースを見ると、北九州3県の洪水被害が酷いようなので、長崎市に住んでいる弟に電話してみました。弟に拠れば、「佐世保や平戸など長崎県の北部は、猛烈な雨が降ったようだけど、長崎市は左程ではなかったので心配しないで」と言われ、一安心しました。
 〇今日は、次男が休みなので、一緒に酒が飲めるかと思っていたのですが、約束があるからと夕方から出かけ、何時ものように、一人で飲むことになりました。野球と柔道を交互に見ながら、浜喜屋から買って来た刺身や干物を魚に、久し振りに日本酒の晩酌になりました。

08月29日
 〇ニュースを見ていると日韓関係が、どんどん悪くなっているような気がします。日本も韓国も、政治家という人間は、自分の地位だけが重要で、今後の世界を良くすると言う気はないようです。どうして、こんな政治家しか、選ぶ対象になってしまうのか、民主主義にも理想通りには行かないようですねー。そもそも、現実の人間は、空想の社会に存在するような完璧な人間というのは存在しないのでしょうねー。だから現実を生きるのは難しく面白い。
 〇今日は、午後から由木農場の方へ散歩に出かけました。何時もの道を行くと、少し物足りないので、我が家から四谷橋を渡って、多摩川の右岸に出て、そこから田畑が残っている日野落川の用水路脇の道を歩きました。昔は、大きな田畑が広がっていたのでしょうが、今は、新興の住宅やアパートが沢山出来ています。それでも、昔の大きな庭付きの民家や田畑が、点々と残っていて、この辺りの昔を想像することが出来ました。結構、梅の木が多かったので、今度は梅の季節に歩くことにしましょう。
 〇京王線の下を潜って、川崎街道に出、七生丘陵を歩きました。此処からは何時も歩いている道でした。かれこれ10年ぐらい歩いていますが、この10年で、かなりの林や田畑が住宅地に変わりました。白く新しい住宅地の側に、戦後間もなく建てられたのであろう、平屋の小さな家が幾つも並んでいる所があります。人が住んでいる家もありますが、人住んでない家は、蔓が壁を覆ったり、庭に竹が生えたりしていました。多摩地区には、この手の住宅があちこちに残っており、見る度に胸がきゅっと縮む思いがします。少年時代の思い出と重なるのです。復興期に入った日本の初期の団地というか、仮設住宅だったのではないでしょうか、小学生の頃、我が家の近くにもありました。年老いて、山のような思い出と一緒に暮らしていますが、その思い出の中の一風景が、現実に目の前に出て来ると、懐かしさと同時に、時の流れの大きさと時代の変化を思い知らされます。
 〇 夕方、雲の切れ間に富士が見えました。ベランダの窓を大きく開けて、藤に向かってグラスを上げながら、気持の良い晩酌となりました。

「韮畑 今は綺麗な 花畑 顔赤らめて トマトも花見」
「多摩の里 日野落川の 昔道 田畑潤す 流れは今も」
「多摩地区の 旧家を囲う 生け垣を 覆うが如き ガガイモの花」
「雑草の 緑蔓延る 荒れ地にも 貴賓漂う 白百合の花」
「子供等が 駈けていたはず 昔道 用水脇の 藪茗荷の花」
「夏雲の 下で花咲く 夏蜜柑 流れる白雲 仰ぎ見るかな」
「唐黍の 穂波が揺れる 黍畑 鳩が止まるも 支えは出来ず」
「人住まぬ 家の屋根まで 駆け上り 里を睥睨 仙人草かな」
「人住まぬ 家は早くも 竹藪に 仙人好む 竹林の中」
「頭垂れ 実りが進む 稲田には 何が忙し 赤蜻蛉の群れ」

08月30日
 〇今日は、PET検査の結果について、呼吸器科の先生から説明を受ける日でした。予約は、10時でしたので30分くらい早く着く予定で、家を出たのですが、雨の影響もあって、通常20分程度で国立に着く筈のバスが、40分近く掛かり、病院には、10時10分前に着きました。
 〇お陰で、余り待つこともなく、10時20分には診察室に入りました。検査結果を聞く時は、なかなか良い方向には考えられず、検査の対象となった部分の他に、新たな癌が見つかるのではないかと不安になりました。結果は、その通りになりました。PET検査の目的であった左の肺にある小さな影は、PET検査では着色せず、先生も癌では無いと明言しました。それで一安心したのですが、先生は続けて、「その影の下の方に、薄いながらも着色した部分があり、なんであるのかはっきりしない、若し癌でなければ、検査から1週間は経過しているので、もうなくなっているかも知れない、今すぐにレントゲンを撮って来て欲しい」と言われました。
 〇先生が作ってくれた依頼用紙をもって、レントゲン室に行き、レントゲンを撮るのに20分、その後現像に30分掛かって、再び診察室に入りました。先生が、撮ったばかりのレントゲン写真を見ながら、「癌ではないと思うが、断言は出来ない、もう少し時間をおいてから、もう1度レントゲンを撮り、判断することにしましょう」と言われました。何だかすっきりしない診察でした。
 〇何度か言っていると思いますが、自覚症状のない癌は、後期高齢者にとっては、神様がくれた後期高齢者用の安楽死の薬ではないかと思っています。無理に探し出して、治療することが良いことだとは思っていません。なのに、何故か、検査を強いられてしまいます。
 〇結局、病院を出たのは、1時過ぎでした。雨模様の空でしたので、何処かに行く気にもならず、国立で「たましん美術館」によって、家に帰りました。家に帰っても、何もする気になれず、昨夜放送された物を録画した、友人が関係している、オイシックスという無農薬新鮮野菜の会社のテレビを見て、その後は、録画してあったドラマ「悪党―加害者追跡調査―」を6話全部見るなど、テレビ漬の半日になりました。

08月31日
 〇今朝は、洗濯を躊躇するような曇り空でしたが、午後から青空が多くなり、日差しも出て来ました。洗濯は正解でした。
 〇午前中、先日、パナマハットをプレゼントした友人から、お礼のワインが届きました。日頃私が飲んでいるワインの倍以上もするワインが、6本送られてきました。本当に海老鯛になってしまいました。お陰で、暫くは美味しいワインで、晩酌を楽しめそうです。
 〇午後になって、散歩に出ようとしたら、府中市役所の高齢者福祉課から電話があり、「国の高齢者医療費の補助率が上がったので、過去5年間の医療費補助の差額を請求するよう通知を出しましたが、貴方からは、払い戻しの請求がされていません。残念ながら、市役所での手続きは終了しました。貴方と同じように手続きをしなかった人が多かったので、貴方が利用している銀行に、返還手続きを委託することが出来ます。銀行に手続きを委託しますか、するのであれば、銀行名をお知らせ下さい。三菱UFJ銀行ですか、それでは銀行の方にお知らせしておきます。銀行から、どの支店で手続きをするか連絡があるはずです。手続きに必要な物は、銀行通帳、キャッシュカード、認め印、身分証明書です。なお、返還される金額は、32、685圓です。銀行からは、5時までに連絡が入るはずです。自宅に居ないのであれば、連絡できる電話番号を教えて下さい。携帯電話で良いのですね、番号は000,000-ですね。承知しました
」とのことでした。
 〇そんな訳で、3時過ぎになって、散歩に出かけました。すると、30分後くらいに、三菱UFJ銀行の本店から連絡があり、医療費の返還手続きに関しては、月曜日の朝8時半から10時までの間に連絡すると言う事でした。
 〇散歩をしながら、この連絡は、振り込め詐欺ではないかと思いました。先ず、市役所から土曜日に連絡があったこと。その後直ぐに、銀行が休みの筈なのに、本店から連絡があったことです。私が、真偽を確かめようとしても確かめることが出来ないのです。それにしても、非常に怪しいのですが、銀行口座やキャッシュカードの暗唱番号等を要求してきてはいませんし、金銭を振り込めとも行ってきていません。何れにしても、銀行の話を聞こうと思います。3日ほど前、警察から電話があり、払い戻しという言葉があったら、振り込め詐欺を疑って下さいと言う連絡があったので、今夏の電話は、かなりの確率で、振り込め詐欺だと思います。どうも面白いことになりそうな、予感があります。
 〇散歩は、西府緑地、中河原公園、関戸橋、聖蹟桜が丘と歩きましたが、振り込め詐欺のことばかり考えて、満足に周囲を見ないで歩いてしまいました。結局、聖蹟桜が丘では、宝籤を買っただけで、我が家に戻りました。5時を過ぎていました。若し、今日の電話が、本当に振り込め詐欺だったら、宝籤にも当たるかも知れません。
 〇夜は、久し振りに我が家のピザを作り、アボガドのカルパッチョ、ハムカツ、サラミと焼チーズで、送られてきたワインを楽しみました。

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