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2019年7月 9日 (火)

2019年07月05日

2019年07月05日
 〇相変わらず、どんよりとした曇り空でしたが、天気予報では、珍しく外干しが出来ると言っていましたので、取り敢えず洗濯をしました。その後、軽く日記の手直しをして、聖蹟桜が丘の皮膚科に歩いて行きました。
 〇丹念に薬を塗っているのですが、掌のカサカサ感が、一向に直らないのです。この掌の症状は、細菌とかによるものではなく、身体の機能の変調に拠るもののようです。早く言えば、老化現象の1つだと言えます。そうだとすれば、この病気は、基本的には、直らないのだろうと思うようになりました。待合室を見回すと、九割の患者が、老人でした。どうも私と似たような症状の人が多いようでした。私と同じように、医者との話は3,4分、待ち時間は1時間、塗り薬を貰って帰っているのです。
 〇皮膚科の後、軽く食事をして、スーパーで果物を買って帰りました。次男と一緒に暮らしていますが、生活のパターンが合わず、独居老人と変わらない生活をしています。独居老人にとって、日に3回の食事は、結構な作業です。朝食は、前の日の残り物か、レトルト食品で間に合わせています。但し、果物とアロエヨーグルトは欠かしません。昼食は、7割くらいは、スーパーやコンビニの弁当です。夜も、スーパーで買って来た、出来上がりの酒の摘まみが多いのですが、最低一つは手作りの物を食べるようにしています。胃癌の手術前のように、1日2食に、早く戻せたら良いと思っています。

「老いたれば 感覚機能の 劣化して 頭脳の働き 支障を来す」

07月06日
 〇今日は、年に1度のローマ会の日でした。手術後、3回ご無沙汰をしていましたので、久し振りに往事の友達の顔を見ました。ローマという町の雰囲気のせいか、皆明るく気の良い人達ばかりで、「おー、生きていたのか、良く出てきたなー」と大歓迎してくれました。12時から16時まで、良く飲み良く話しました。誰もが、「来年は、若しかするとこの世にいないかも知れない、これがこの会への最後の参加になるかも知れない」、そんな気持を心の片隅に宿しているような、飲みっぷり、話しっぷりでした。本当に、楽しい一時を頂きました。幹事に感謝です。
 〇ローマ会の後、姉妹校と定期戦をやっている母校の大学を訪れました。学内での試合は、体育館で行われる種目ばかりで、バドミントンの仕合を見ました。近くで見ると、バドミントンの試合も、中々迫力がありました。
 〇バドミントンの仕合を見た後、近くの酒場で、我が校及び姉妹校の同じクラブの現役とOBの懇親会が行われました。今年は、60回目の記念大会でした。なんやかやと、姉妹校のクラブの連中と、正しく兄弟姉妹のように、付き合って来ました。本当に有難い事です。孫の年代の現役の頑張る姿を見ていると、思わず涙ぐんで仕舞いました。今日は1日、美味しい酒が飲め、多くの人達と話し、楽しい1日を過ごさせて貰いました。

「人生の 同じ場面を 共有す 同じ気持の 友等の集まり」

07月07日
 〇今日は、七夕です。中国の重陽の節句の一つだと思いますが、私は子供の頃から、年に1度織姫(織女星)と彦(牽牛星)が会える日だと思っていました。しかし、七夕の頃は、何時も梅雨時で、年に1度の逢瀬が実現できない、悲しい日だと思っていました。私自身、七夕の日に星空を見た記憶がありません。
 〇今年も朝から、一日中雨が降っており、アパートから1歩も外に出ませんでした。テレビばかり見ているのは嫌なので、フェイスブックに写真と和歌擬きを10首投稿しました。毎月、1000枚以上の写真を撮り、100種近い和歌擬きを詠んでいるため、その中から選んで投稿するのは、結構手間暇の掛かる作業になるので、余程時間が無いとやらないのです。今日も、思ったようにパソコンが動いてくれず、投稿までに3時間近く掛かりました。
 〇それでも時間があったので、またしても「乱れる」という、成瀬巳喜男監督、高峯秀子・加山雄三主演の映画を見ました。矢張り終戦後、高度成長期が進行している頃の物語で、戦死した兄の嫁に惚れる、弟と兄嫁の恋の物語でした。映画の中味はともかく、1964年に作成された映画ですから、私は当時20歳、加山雄三は27歳の筈です。それが、現在82歳の加山雄三と余り変わらない顔付きでした。歳を取らないというのか、成長しないというのか、健康というのか、いやはや驚きました。
 〇今日、17時半から、アパートの災害対策委員会、18時から理事会がありました。両方とも今期最後の会合でした。10数年後に、また、理事会の仕事が回ってくるのですが、恐らく、その時までは生きていないでしょう。
 〇今日は、理事会が終わってから酒の肴を作り、8時過ぎからの晩酌になりました。買って来た、焼くだけのピザに、私が作ったミートソースを塗り、チーズを加えて焼きました。一味美味しくなりました。また、ニンニクたっぷりの茸のアヒージョも作りました。美味しい晩酌になりました。

「アパートの 二百世帯が コミュニティー 細き絆の 社会なりけり」
「来世紀 如何な社会に なりたるや 想像できぬ 変化の大きさ」

07月08日
 〇朝早く妻から電話があり、最近の気候のせいか、疲れ気味だと嘆いていました。また、「膝の痛みも中々思うように直らないので、コラーゲンが不足しているのでは無いか」と言っていました。そこで、私が、「鶏の軟骨には、コラーゲンがたっぷりある」と言うと、妻は、「私が行くスーパーでは軟骨を見かけたことがないので、買って来て欲しい」と頼まれました。
 〇11時過ぎから、聖蹟桜が丘のスーパー2軒を梯子しましたが、妻が言う通り、鶏の軟骨は置いていませんでした。我が家の近くの西友にもありませんでした。仕方なく、私が何時も軟骨を買う石田大橋の近くの、SVスーパーに行くと、何時ものように軟骨が置かれていました。取り敢えず、妻へのお土産は買うことが出来ました。
 〇石田大橋の近くの土手で、最近の雨で水嵩の増えた多摩川を見ながら、昼食にしました。2時近くになっていました。最近、空腹感を覚えるようになりました。胃は取ってしまったのに、何処が空腹の信号を脳に送るのでしょうか、不思議な気がします。それにしても、人間の身体は、凄い機能を持ったシステムだと、つくづく思います。
 〇昼食後、土手の道を歩いて帰りました。つい4,5日前には、蕾だった藪甘草が、至る所で赤い花を咲かせていました。90%は藪甘草なのですが、1箇所だけ、野甘草のエリアがあります。その場所に行ってみると、今年もキスゲに似た、綺麗な花を咲かせていました。どの花も、私は一重の方が好きです。ハルシャギク、ハルジョオン、カワラサイコも依然として勢力を保っていました。新しい花と言えば、ニワウルシ(庭漆)が花を咲かせていました。
 〇家に戻った時は、3時を過ぎていました。妻へのお土産とは別に、私の酒の肴用に、2種類の鶏の軟骨と鶏皮、ツブ貝と青柳と貝柱も買って来ました。4時過ぎから酒の肴作りに励み、鶏皮と踝の軟骨は、唐揚げ粉を塗しトースターで焼きました。手羽の方の軟骨は、塩もみにして暫く干して(本当は1日日光に当てたい)、矢張りトースターで焼きました。ツブ貝と青柳と貝柱は、何時ものようにアヒージョにしました。全部が出来上がったのは、6時半近くで、丁度晩酌の時間になりました。

「何処もかも 緑1杯 多摩の土手 朱く目立つは 藪甘草の花」
「白赤黄 土手の勢力 三分す 暗き中にも 梅雨時の花」

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