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2019年5月20日 (月)

2019年05月19日

2019年05月19日

05月12日
 〇今日は、スペイン語による百人一首を歌う会に、参加しました。数年前、職場の先輩が、百人一首をスペイン語に訳しました。それを機会に、ピアニストに拠る演奏と歌、音楽寺務所スタッフによる語り、スペイン人の日本文学研究科による翻訳された和歌の朗読、日本文化研究のメキシコ人による語りの翻訳などを担当するメンバーが集まり、百人一首を歌う会を開くことになりました。これまでに、数回に分けて、歌う会を実施してきましたが、今日の歌う会で、100首全部を歌いきることになりました。私は、途中2回参加できませんでしたが、今日を入れて、4回は参加しました。私は、音楽のことは良く分りませんが、日本の文化を知って貰いたい、日本の文化に恋しました、日本の文化をもっと深く知り自分の国に広めたい、国境を越えた、そんな温かい気持が、会場に漂う素敵な歌う会でした。
 〇歌う会に参加した人の中に、メキシコ時代に知り合い、現在も付き合いが続いている人と軽く酒を飲みました。一人は82歳、もう一人は、86歳です。しかし、まだゴルフをやるほど健康で、頭もしっかりしていました。私も後期高齢者に今年仲間入りをするので、いっぱしの老人の積もりでいたのですが、全く子供扱いされました。今日の二人の先輩と同じように生きられるのであれば、私も後10年頑張って生きたいと思いました。

05月13日
 〇今日は、白内障の手術をするかどうかを決めるために、胃癌の手術をした、多摩総合医療センターに行きました。沢山の検査をした結果、先生の意見としては、「緑内障の視野欠損が進んでいるので、他の人と違い、白内障の手術により、劇的に視界が向上することはないでしょう。しかし、幾分鮮明に見え、まぶしさは少なくなるでしょう。来週、眼底検査をして、結論を出しましょう」とのことでした。
 〇目の検査の後、久し振りに、武蔵国分寺、おたかの道、殿ヶ谷戸庭園を歩きました。武蔵国分寺は、万葉集に歌われている草花を、和歌と一緒に紹介しています。今日は、ジャケツイバラ(蛇結茨)の花と、立浪草に白花もあることを、初めて知りました。殿ヶ谷戸庭園では、白糸草等の花が咲いて居ました。
 〇今日は、以前一緒に旅行したことのある、三夫婦で人形町の加賀料理を食べることになっていました。少し早めに、今夜食事をする人形町に行き、水天宮など人形町を散歩しました。大観音寺では、令和初めての御朱印を貰いました。その後、この近くの会社に務めていた、今日の食事のメンバーの一人が到着し、名高い老舗、古き時代を残す通り、神社などを案内して貰いました。加賀料理「高はし」は、料理も酒も美味しく頂きました。味にうるさい妻が、美味しいと言ったのですから、間違いないと思います。また、普段は酒を飲まない妻が、少しだけ酒を飲んで、どうやら美味しかったようです。

「ツボスミレ 万葉人にも 詠まれたり 今も路傍に 古来の菫」
「万葉の 花を集めた 国分寺 昔も咲いたか 白花立浪草」
「蔓延ばし 棚の上にて 昇り藤 黄色き房花 蛇結茨」
「おたか道 水芭蕉似の カラーかな 蛍のせせらぎ 白く彩る」
「草萌える 土手に花咲く 白糸草 昇り白滝 殿ヶ谷戸庭園」
「ビル街に 花のお江戸の 下町の 家並みが残る 人形町かな」 

05月14日
 〇この前採った野蒜に蓬の新芽を加えて、餃子を作りました。野草各々が、独特の香りを強調し、訳の分らない香りと味になって仕舞いました。野草は、余り混ぜない方が良いようです。
 〇テレビで、北方4島ビザ無し訪問に参加した国会議員が、旧島民に対して、「北方4島を戦争で取り戻すことに賛成か、反対か」を聞いたそうです。北方4島の返還交渉に、半世紀以上経過しているので、旧島民が死に絶えるまでに、何等かの手を検討すべきとの思いがあったのだろうと思います。質問という形を取っていましたが、彼自身が、戦争以外に解決の道は無いと思っての質問だったと思います。意見を表に出さなくても、世の中、この手の戦争肯定論者が結構多いのです。
 〇夕方、都心の教会で行われた、友人のお別れ会のミサに出ました。私の父と同じ洗礼名でした。私の5年後輩ですが、大学のOB会のために、奥さんと一緒に働いてくれました。癌が転移して、亡くなったようです。今の時代では、若くして死んだことになるのでしょう。素晴らしい笑顔の写真が、悲しみを大きくしました。
 〇ミサの後、以前良く二人で山に登った後輩と、献杯を上げて友人を偲びました。

「また一人 友の訃報が 届きたり 笑顔の写真 悲しみ誘う」

05月15日
 〇今日は、大学のクラブの後輩の3回忌に参加しました。四角いテーブルに腰掛けて、思い出話をするという、変わった3回忌でした。
 〇その後、土手で現役のリードで校歌を歌い、一次会を終わりました。校舎内では、大きな声で歌えないそうです。
 〇近くの酒場で2次会、カラオケと11時過ぎまで、3回忌の集まりが続きました。少し変わった後輩でしたが、人を集める力は、あったようです。

05月16日
 〇今日は、大学時代の学生会の友人達と、湯河原に一泊し、思う存分に当時に話で盛り上がりました。全員、何等かの形で、当時の大学紛争に関係を持っていました。熱い時代に、大学生活を送ったのです。そのことが分ってくれる仲間は、掛け替えのない存在なのです。
 〇温泉なので、一緒に風呂にも入りましたが、ほぼ全員に何等かの手術の跡がありました。人生70年を越えて生きて来たのですから、身体が疲労するのもやむを得ないでしょう。

「古稀過ぎて 身体の疲労 加速する 取り替え可能な 部品が欲しい」
「温泉の 風呂で見せ合う 手術跡 君もなのかと 互いに納得」

05月17日
 〇皆は、素直に帰るようでしたが、私は、これまでに歩いたことのない真鶴半島を歩いて見ることにしました。
 〇真鶴教会 発心寺 真鶴港、琴ヶ浜、貴船神社、中川一政美術館、お林展望公園、ケープ真鶴、遠藤貝類博物館、三石、真鶴岬と歩きました。楠の大木の森、太平洋の大海原を見渡す展望台、海岸の岩に押し寄せる波の飛沫、何時も歩いている所とは、全く違った大自然でした。
 〇小田原に戻ったのが、3時頃だったので、大雄山最乗寺にも行ってきました。しかし、最乗寺に着いたのが4時を過ぎ、人っ子一人居なくて、寺の受付も閉まっていました。本当は、御朱印を貰いたかったのですが、残念ながら次に持ち越しとなりました。それでも、山奥の厳粛な寺の雰囲気を充分堪能しました。

「相模湾 霞の彼方 大山の 形良きかな 流石霊山」
「大楠の 緑の天幕 空隠し 昼なお暗き 真鶴の森」
「人住まぬ 熱帯雨林を 思わせる 真鶴岬 大楠の森」
「木々達の 隙間に見える 波飛沫 岩に打ち寄せ 白く輝く」
「眼前に 広がる海は 太平洋 果てしなき海 果てしなき空」
「三石を 砕かんばかりの 波の寄せ 岬へ続く 波の帯かな」
「飛沫飛ぶ 岬の崖を 埋めるよに 潮風好むや 常磐露草」
「海岸の 砂地の中の 石陰に 浜昼顔の 寄り添い花咲く」
「深閑と 静まりかえった 境内に 物欲しそうな 爺が一人」
「背高の 杉の梢に 夕日差し 明るき昼の 終りの一時」
「大雄山 杉の林で 放尿す 背高杉よ 天まで伸びよ」

05月18日
 〇今日は、大学のOB会の全国代議員会が大学で行われました。私は、代議員の一人であり、OB会の仕事もしているので、参加しました。2時から5時過ぎまで、長い代議員会となりました。
 〇代議員会の後は、懇親会、2次会、カラオケと大学の仲間達と、大いに飲みました。懇親会では、招待された現役と一緒に、ほんの少しだけですが、演技をさせて貰いました。そして、今日カラオケに集まった人は、皆凄く歌が上手で、音程が外れるのは、私だけでした。長く楽しい1日でした。ただ、以前から会う約束をしていた関西の友人とは、会うことが出来ず、申し訳無いことをしました。

「久し振り 学生時代の マドンナの 老いても綺麗な 顔を見るなり」

05月19日
 〇今日は、大学のクラブの新入生歓迎会に出席しました。全員孫の世代ですが、人生のスタートラインに立つ若者を歓迎し、話が出来るのはありがたいことです。
 〇歓迎会の後は、参加した二人のOBと軽く飲んで帰り、午後6時からは、アパートの理事会に出席しました。
 〇7時過ぎに理事会が終わり、メールを見たら、大学のクラブの先輩と後輩の訃報が入っていました。先輩の方は、クラブを創設した初代の先輩の一人で、後輩の面倒見の良い人でした。

「若者と 出会いし夜に 訃報来る 古からの 定めなれども」
「また一人 人生の友 この世去る 明日は我が身と 覚悟するなり」

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