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2019年5月27日 (月)

2019年05月26日

2019年05月26日

05月20日
 〇我が家の近くの家の庭で、薔薇が立派に咲いていました。この家には、もう誰も住んでいないのです。恐らく介護老人ホームに移ったと思われます。
〇今日は、午後には雨になる予報でしたが、多摩地方は青空が広がり、良い天気でしたので、青梅の「吹上げしょうぶ園」に行ってきました。大塚山公園、光明寺、師岡神社、妙高院、宗泉寺を回って、「吹上げしょうぶ園」に着きました。光明寺では、御朱印を貰うことが出来ましたが、他の二つの寺は、御朱印は、やっていないとのことでした。光明寺の横の諸岡神社の椎の木は、師の記念樹木になるほどの大木で、芽吹きの緑が圧巻でした。宗泉寺の榧の木も市の記念木になっていました。「吹上げしょうぶ園」では、5月25日から「花しょうぶまつり」が始まるとのことでしたが、今は、全くといって良いほど、花がありませんでした。
 〇「吹上げしょうぶ園」から塩船観音まで、1キロ少々のようでしたので、4月の終りに来たばかりの、塩船観音にも行ってみました。ツツジの時期は、あれほどの人だったのに、時間が遅いせいもありましたが、私以外に、5人しか参拝者は居ませんでした。お陰で、藁葺きの古刹を充分堪能しましたし、本尊の観音菩薩を拝顔できました。おまけに、令和記念の特別御朱印を頂きました。墨書ではなく金書でした。この5月中だけの特別なサービスのようで、何時もより少し高い、500円でした。

「主無き 家に立派な 薔薇の花 五月の風に 主を思う」
「光明寺 屋根潰すよな 椎巨木 師岡神社の 神の連れ合い」
「墓周り 黄色いニガナ 花盛り 地上に降りた 星座が光る」
「しょうぶ園 菖蒲は未だ みな蕾 落胆癒やす 睡蓮石楠花」
「塩船の ツツジが自慢 花の寺 季節は過ぎて 静かな古刹」

05月21日

 〇今日は、市川の学園の監査の日でした。学園の監事である私に取っては、最も責任ある仕事の日でした。大雨と強風の中を学園に行き、午後2時から、もう一人の監事と共に、監査を実施しました。会計報告、事業報告の後、中学・高校の校長、小学校の校長、幼稚園の園長から、それぞれの報告を受け、5時過ぎまで掛かって、一応監査を終了しました。
 〇法的に定められた監査は、形式的なものでしたが、教育、特に私学経営は、少子化、家族のあり方、住宅地開発、社会そのものの変化の影響をもろに受ける極めて難しいものだと言う事を痛感しました。

「大雨と 強風受けつつ 学園へ 教育現場の 課題を勉強」
「文明の 社会変化の 大嵐 至難の技かな 未来教育」

05月22日
 〇今日は、白内障の手術をするか、決断をするヒデした。午後3時から、検査と診断になっていましたので、早めに家を出て、一橋大学の学内を散歩し、昼食を取りました。
 〇その後、癌検診センターに行き、取り敢えず消化器の内視鏡検査の予約を取りました。胃癌手術後、丸2年となるので、6月は、検査漬になりそうです。検査は、出来るだけしないで、「遅き発見早期死亡」が、モットーだったのですが、胃癌手術後、このモットーが通せなくなりました。
 〇3時になっても、予定されていた眼底検査はなく、3時半近くになって、直接診察室に呼ばれました。所が、前回と先生が替わっていました。前回は、女医だったのに、今回は男性でした。今回の先生が、本当の担当でした。この先生も、私の場合の白内障の手術は、期待通りの結果が得られるか、疑問のようでした。私自身が、手術に極めて前向きでない所が、一番の問題だと言っていました。結局、暫く様子を見る事になりました。
 〇審査の後は、病院の裏の国分寺緑地から、旧鎌倉街道、国分尼寺、東芝府中前、府中刑務所など、府中街道を歩いて府中駅に出て、我が家に戻りました。

「昨日の 雨の恵みに ほだされて 我が家のベランダ 赤花の咲く」
「風に乗り 我が家に住着く 赤花の 姿美し 晴天の朝」

05月23日
 〇今日は、先日亡くなった大学のクラブの初代の先輩の葬儀に参列しました。自宅の近く苦、東武東上線の「ときわ台」の式場でした。東京の済むようになってから、半世紀を過ぎましたが、東武東上線に乗るのは初めてでした。式場には、クラブのOB4人と現役1名も参加していました。葬儀屋のやる葬儀は、何処も同じでした。これから何度、同じような葬儀に出ることになるのでしょうか、70を過ぎたら、家族だけで葬儀をするのが、良いのかも知れません。今日のような、本人は棺の中で焼却を待つだけで、話すことは出来ませんし、先輩の奥さんも家族も友人の方も、誰一人知りませんでした。今後は、このような葬儀には出席しないことにしました。
 〇葬儀の後、葬儀場の近くの天祖神社に参拝し、クラブの関係者だけで、軽く精進落としをして、池袋で別れました。別れたのが、1時半くらいだったので、私としては、何処かへ行きたかったのですが、30度を超える猛烈な暑さとなり、スーツ姿でもあったので、新大久保で、酒の肴になりそうな、チャンジャやキムチを買って、3時過ぎには、我が家に戻りました。

「葬儀とは 死の現実を 悟らせる 極めて大事な 儀式なれども」

05月24日
 〇午前中時間があったので、パジャマのズボンの繕いをしました。繕う所が、筒状なので、手を添えた運針が出来ず、あちこちが引きつった、悲惨な結果になりました。お役御免にしてしまえば良いのですがねー。
〇今日は、数少ない予定のない日でした。5月は、僅か7日しか予定のない日がありませんでした。天気も良いし、井の頭公園から、三鷹方面を歩いて来ました。井の頭公園で、木々の緑と池の深い碧、空の明るい青、白い雲を見ながら、自前の弁当で昼食を取りました。その後、井の頭西公園と玉川上水を歩き、玉川上水沿いの「風に散歩道」を三鷹に向かいました。
 〇途中、何度か訪れたことのある「山本有三記念館」に寄って、館内に入ると、山本有三の代表作とも言える、「路傍の石」の映画をテレビで上映していました。昭和39年に公開された映画で、中村加津男、淡島恵子等全ての俳優が若々しく、映画も実に良く出来ていて、最後まで見てしまいました。2時間近くテレビの前に陣取っていたことになります。

「新婚の 夢多けれど 危なげな 一時過ごした 吉祥寺かな」
「子供等と 何時も歩いた 池の端 今も変わらぬ 井の頭公園」
「緑濃き 玉川上水 脇に見て 三鷹へ続く 風の散歩道」
「小説も 映画も既に 遠き過去 路傍の石の 映画に見入る」

05月25日
 〇今日が、監査としての一番大事な日でした。形式的ではありますが、理事会と評議員会に、監査結果を報告しなければなりません。朝5時半に起きて、6時半には家を出て、8時半に学園に着きました。
 〇理事会は9時から、評議員会は10時半から、行われましたが、監査報告は、この学園で中高校の校長の経験がある、もう一人の監事が、全部引き受けてくれました。
 〇夕方5時から、体育会系の友人と会うことになっていましたが、時間がたっぷりあったので、堀切菖蒲園に行ってみました。菖蒲祭りは、月曜日からで時期的には少し早かったのですが、はち切れんばかりの蕾の中に、ちらほら咲く菖蒲もなかなか良いものでした。花屋で売っている外国の花のようでしたが、銀梅草、銀盃草と名付けられた花も見ました。その後、荒川を一目見て、天祖神社の祖霊社に行きました。この神社の十二支天は、実にユーモラスでした。そのすぐ近くに古びた極楽寺がありました。疣(いぼ)取り地蔵が有名なのだそうです。
〇その後、上野へ出て、芸大の展示館と猫展を見ると、4時を過ぎましたので、今日皆と会う、新宿のバーに行き、4時45分くらいに着きました。私は、5時からと思っていたのですが、実は6時からでした。何だか思い込みが激しくなりました。店長と一緒に相撲を見ながら、ビールを飲んで、皆が来るのを待ちました。
〇6時過ぎに、全員(11人)集まり、喧嘩をしているのではないかと思われるほどの、大声が飛び交い、一気に盛り上がりました。ただでさえ声の大きい一人が、声を振り絞って詩吟を始めるなど、たいへんな飲み会となりましたが、良い気分で飲めました。

「膨らんだ 蕾が並ぶ 菖蒲園 荒川縁の 堀切の里」
「堀切の 天祖神社の 十二支天 怖そな顔で レッツゴーダンス」
「ふくよかな お尻の絵画に 魅せられて 素通り出来ない 芸大美術館」
「売り物と 思って見てた 猫の象 写真は禁止 芸大猫展」
「久し振り 大声自慢の 仲間達 飲んで騒いだ 新宿の夜」 

05月26日
 〇今日は、私の後、大学のクラブのOB会長を引き受けてくれた後輩が、今日のOB総会で、更に後輩に引き継ぐので、一緒に仕事をした関係者の労をねぎらいたいと、食事に招待してくれました。この前のオリンピックの時に完成した、屋上の回転式レストランが、有名なホテルでした。回転レストランは、改修中だったので、屋上近くのレストランが食事の会場でした。屋上から見る景色に、皆の声が一瞬無くなりました。赤坂や新宿の高層ビル街の、時の流れと時代の変貌を示すように、眼前に広がり、自分の人生と重なったのだと思います。自分達が青春を過ごした大学を眼下に見下ろすことも出来ました。大学もまた、大きく変わりました。食事も美味しかったのですが、湧き上がる思い出で、腹一杯になりました。
 〇午後2時から場所を大学に移して、OB総会となり、1年間の報告等と新OB会長を選出して、総会は終了しました。その後は、OB会が催すASF(大学祭)と、我等がクラブの現役が行う、フィナーレを見ました。何度見ても目頭が熱くなります。今日も同じでした。半年以上も前の、我々の活動を引き継いでくれる後輩の姿が、矢張り自分達の青春とダブります。幸せな時間でした。
 〇5時半から、現役も参加した懇親会となりました。孫と変わらない年頃の現役と酒を酌み交わしました。今日は、午前中から、間断なく酒を飲みました。とても幸せな酒でした。8時頃に、懇親会は終わったのですが、何となく立ち去りがたく、歌好きの連中と、カラオケで数曲歌って帰りました。

「青空に 飛行機雲の 五つの輪 今蘇る 青春時代」
「眼前に 時代の流れ 一望す 共に流れた 我が人生の道」
「孫達と 盃交わす 日の来たる 道同じくす 後輩達かな」
「年老いて 願う祈りは ただ1つ 孫等の未来の 豊かな平和」

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