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2018年12月 2日 (日)

2018年12月01日

2018年12月01日

 

 今朝も良く晴れて、富士も見えましたが、霞の中にうっすらと見えました。とうとう師走になってしまいました。また、残り少ない人生の、1年を食い潰そうとしています。

 20カ国首脳会議で、トランプ大統領の顔を見ましたが、正気を失っている顔付きをしていました。中間選挙を機に、精神の安定を失ったような気がします。何でも思い通りに行くと思っていたのが、思い通りに行かないことがずっと続いて、自分を見失っているのではないかと思います。若しかすると、任期途中で大統領の任務を離れざるを得ない事態が、起きような気がしてなりません。また、70を過ぎた年齢が、思考の柔軟さを損なうと共に、理知的思考が出来なくなっているのかも知れません。マスコミの批判に苛立ち、自らテレビ局を作るという、現在の常識では考えられないようなことを、平気で言うようになりました。米国も世界も、自分の思い通りにならないと、気が済まないようです。リーダーというのは、違った考え方の人と、相手を尊重しつつ、どう折り合いを付けるかが、重要な役目なのだと思います。世界のリーダー国である米国の大統領が、自己中心主義では困ります。

 

 今日は、武蔵五日市の、カトリック墓地に、弟の墓の掃除に行って来ました。私以外の兄妹が、長崎にいるので、墓掃除は私以外に、する人がいません。今年初めての墓掃除をしてきました。また、どうしても、公孫樹で有名な広徳寺にも公孫樹の時期に行きたいと思っていましたので、広徳寺にも行って来ました。。

 12時過ぎに家を出て、何時もの通りバス停への道を歩いて、国立経由、武蔵五日市に1時50分に着きました。始めに広徳寺に行くことにしました。観光案内所で、広徳寺への行き方を聞くと、「1番乗り場で、上養沢行きのバスに乗り、上町で降りて、この地図の通り歩いて下さい、2時丁度にバスが来ます」と言われました。急いで1番乗り場に行ったら、直ぐにバスがやって来て、2時20分頃、広徳寺に着きました。

広徳寺には、以前、山の仲間と近くの山に登った後に来たことがありました。冬だったので、自慢の公孫樹は、全て葉を落としていました。今日は、公孫樹の黄葉が見られるかも知れないと、密かに期待を持っていたのですが、残念ながら、梢の方の一部を除いて、葉を落としていました。モミジの方は紅葉の真っ盛りでした。しかし、広徳寺が、西側の山裾にあるため、日が当たっているモミジは、半分ほどでした。広徳寺には、午前中来なければ行けないようです。それでも、藁屋根の広徳寺、苔生した山門と、炎のようなモミジが程良く調和して、素晴らしい秋の風景を作り出していました。写真を撮っている時、境内を歩いている住職を見かけましたので、急いで声をかけて、御朱印を頼みました。いとも簡単に引き受けてくれ、立派な御朱印を頂きました。

 広徳寺を後にして、秋川の方まで下りると、或る家の庭に、姫彼岸花が沢山咲いていました。もう師走だというのに、随分遅くまで咲く彼岸花だと感心しました。秋川に架かった佳月橋を渡っている時、寺の鐘が聞こえました。川の向こうに、寺の屋根が見えたので行ってみると、王林寺でした。新しく改築された寺で、小さいながら庭が綺麗でした。庭の各所に置かれた仏像も、他の寺とは少し変わっていました。「見ざる言わざる聞かざる」の3小僧もありました。此処でも御朱印を頼むと、快く引き受けてくれました。年寄りの感じの良い住職でした。

 来た時のバス道、檜原街道に出ると、丁度バスが来る時間でした。1分ほどで、バスが来ましたが、なんと、乗客は私独りでした。終点の武蔵五日市駅に着いたのが、3時半でした。そこから、カトリック墓地まで歩いて、弟の墓に付いた時は4時を過ぎていました。日は早くも沈んでいました。弟の墓は、一番奥にあるのです。想像通り、枯れた小栴檀草が、沢山残っていました。枯れ葉も随分溜まっていました。30ほどかけて、掃除が終わった時には、服のいたる所に小栴檀草の種が付きました。なんとかして、この小栴檀草を、全滅させなければならないと思いました。来年は、年に2度彼岸頃、墓掃除に来て、除草剤を試してみようと思いました。

 帰りは、武蔵五日市では無く、1つ手前の武蔵増戸駅へ行ったところ、此処でも運良く、私がホームに着いたと同時に、ホリデー急行が滑り込んできました。お陰で、立川まで、すんなりと戻ることが出来ました。立川で、快速に乗換えて、国立に着いたのは、5時35分でした。急いで買い物をして、公孫樹並木を利用した、何本もの大きなクリスマスツリーのイルミネーションの写真を撮って、バス停に行くと、バスの発車時刻は過ぎていたのに、少し遅れていたバスが滑り込んできました。今日は、乗り物といい御朱印といい、何もかもが上手く行きました。家に帰り着いたのが、6時半頃で、気分上々で、晩酌が出来ました。

 

「年老いた 夫婦の家の 庭先に 取る人も無き 熟し柿かな」

「花と共 風船蔓の 実の生りて 何時もの道の 何時もの光景」

「色づいた 木をあやすよに 抱きかかえ 夕日を受ける 杉木立かな」

「山門の 向こうに見える 境内の 黄金に染まりし 秋の広徳寺」

「晩秋に 公孫樹の季節は 過ぎたれど 紅葉が迎える 広徳寺かな」

「夕闇に 静かに佇む 広徳寺 屋根に火の手の 西日の悪戯」

「森陰に 紅蓮の火の手 迫り来る 悪戯好きの 紅葉と夕日」

「木の幹に 夕日を受けて 輝ける 仏の御心 羊歯の葉一枚」

「色付いた 紅葉と公孫樹の 葉の落ちて お寺の庭は ふわふわ絨毯」

「竹藪に 見事な色の 楓かな 晴れ着を纏う 秋の竹林」

「君達が 群れ咲く姿 初目見え 薄紫の 姫彼岸花」

「夕日受け 木の影屋根に 墨影絵 青空背にした 王林寺かな」

「荒れ果てた 墓を飾りし 赤き葉は 神が贈りし 救いの手かや」

「神などを 信じぬ我も 手を合わす 良きこと少なき 弟のために」

「夕闇に 光のツリーが 立ち並ぶ 年の瀬迫る 国立駅」 

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