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2018年12月 9日 (日)

2018年12月08日

2018年12月08日

 

 晴天を期待していたのですが、雲の多い朝でした。空気も冷たく、本格的な冬の到来を感じました。

 一昨日辺りから、二つのアロエの蕾の内1つが、蕾が解けてきて、今日は、花のように広がりました。丸い管のような花片が、花火のように広がり、モミジのように赤い花です。花片の一つ一つは、閉じた細い管の様になっていますので、これが、最終的な開花とは言えないのかも知れませんが、私は、開花だと思っています。アロエの先端から、花茎が出て来たのは、一月以上も前のことで、花は咲かないと心配していましたが、よくぞ咲いてくれました。

 パソコンのニュース画面に、労働者受け入れ拡大のための、入国管理法改正法案が、可決成立したと報じられていました。政府のやり方には、非常に腹立たしく、民主主義が壊れていく一面を見たような気がしました。しかし、労働者を受け入れる国民自体が、低賃金の半ば奴隷を受け入れて、一儲けしようと考えるのではなく、知り合いの子供を受け入れるように扱い、家業の安定と共に、将来の友好関係の芽を育てるつもりで、労働者を扱って欲しいと思います。そうすることによって、将来日本は、国際社会の中で、信頼に足る国家として、認められるでしょう。植民地時代、東南アジアや中南米で、現地の人を奴隷同様に扱った、西欧人の真似を、絶対にしないで欲しいと思います。

 今日は、我が家の近くのモミジの名所でもある、百草園とその周辺を歩いて来ました。

 午後2時過ぎに、我が家を出て、四谷橋を渡りました。何時の間にか、高圧線の上には、川鵜が一羽もいなくなりました。冬の塒へ移動したのでしょう。浅川と多摩川の合流点の荻の白穂が、岸辺を埋めていました。そして、いたる所に、黄葉した葛の葉が、次第に朽ちていく姿を見ました。夏の強者のイメージは亡くなっていました。今年栄えた葛の葉は、来年の再生へ向けての肥やしになっていくようでした。

 浅川との合流点から始まる、程久保川の八重桜の木は、すっかり葉を落としていました。幾つかの木に、最後の一葉が、風に揺れていました。木に一枚だけ残る葉を見ると、若い時代に読んだ、オー・ヘンリーの「最後の一葉」の小説を思い出し、「頑張れ」言いたくなります。小説の中では、嵐の中でも最後の一葉が落ちなかった事に勇気づけられ、生死の境から蘇った女性画家の事が書かれています。最後の一葉は、木の葉では無く、蔦の葉であり、嵐の晩、女性の画家を助けるため、嵐の中で友人の画家が描いたものでした。最後の一葉を描いた画家は、一晩中嵐に打たれた為、急性肺炎になって死んでしまうのです。小説の細かい事実がどうであれ、木に残った一枚の葉を見ると、何時も心を打たれるのです。

 百草園駅から、七生丘陵に登り、百草園に着きました。小さな公園で、箱庭を見るような感じで、ゆっくりと歩きました。既に百草園の紅葉祭りは終わっていましたが、充分に楽しめるだけのモミジが残っていました。モミジとドウダンツツジの赤較べや、今年の若竹とモミジとの色の対比とか、充分に楽しませて貰いました。梅に木の下を埋める水仙の他に、キスゲとか、紫陽花、ツツジ、ミツマタといった珍しい花も見ました。

 百草園から、百草台公園に行くと、丁度、日没の時刻でした。西側には、黒い大きな雲が広がっていて、日没は見られないだろうと思っていたのですが、地平の所だけ、大きな雲が切れて、小さな雲が切れ切れに浮かんでいました。太陽が、雲から出たり、雲に隠れたりしながら、地平に沈んでいきました。10分ほど、日の入りを魅入ってしまいました。

 百草台公園から、三沢台公園を通り、百草園駅に戻ると、日がとっぷりとくれてきました。多摩川の右岸に出ると、対岸に我が家の灯りが、夕闇の中に輝いていました。何時の間にか、15年以上、この場所に住んでいます。大きなビルのアパートの一室ですが、我が家だと思えるようになりました。故郷の長崎に次いで、長く住む場所になりました。

 

「一月も 気を持たせつつ 花開く 我が家のベランダ アロへの花かな」

「誰がために 必至で残る 病葉の 願いよ届け 求める人に」

「病葉の はらりと一葉 舞い落ちる 役目を終えた 最後の一葉」

「桜木の 新芽の中に 下がりたる 明日を目にする 最後の一葉」

「微かなる 光の中で せめぎ合う 遅れし紅葉 葉の色区々」

「夏の日は 河原を埋めた 葛の葉も 一時黄葉 後は朽ち行く」

「実を下げた 藤の病葉 朽ちて行く 終りは始まり 希望が見える」

「病葉の 降り積もりし 木の下に 手を携えた 若葉が2枚」

「菊芋や 雲に向かって 背を伸ばし 花も咲かせる 師走の寒空」

「人住まぬ 空き家の壁に 赤き蔦 食べてのいない 柿も熟せり」

「君の名を 未だに知らぬ 我なれど 赤く染まりし 君は忘れじ」

「多摩の丘 小楢に櫟 赤枯れて これが自然の 多摩の紅葉」

「晩秋の 七生が丘の 森の道 大葉楓の 落ち葉目を引く」

「水仙と 紅萌ゆる 紅葉葉が 似合いと思えぬ 師走の百草園」

「青竹の 簾の向こうの 紅葉かな 大和の絵心 そそる者達」

「藁屋根の 旧家の裏の 池に落つ 紅葉葉語る 古の時」

「紅葉葉と 灯台躑躅の 色較べ 軍配上げれば 物言い必至」

「病葉の 朽ち行く中に 白き花 師走の多摩に 紫陽花の花」

「三つ叉の 今頃咲くとは 思えぬが 花の少なき 師走に嬉し」

「雲裂けて 朝日が丘に 夕日さす 空も負けじと 赤く紅葉」

「黒雲と 黒き大地の 狭間にて 最後の輝き 日の沈み行く」

「日は沈み 夕闇迫る 多摩川の 向こうに点る 我が家の灯かな」

 

 

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