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2018年11月 4日 (日)

2018年11月03日

2018年11月03日

 

 今朝は、文句無しに良い天気だったのですが、富士は見えませんでした。富士と丹沢の間は、雲が湧きやすい地域のようです。今日も、快晴の空なのに、富士の所にだけ、雲がありました。

 昨日、世の中の動きに対する興味が薄れてきたと書きました。それは本当です。しかし、世の中の動きは、自分の人生の想い出と重なる様になりました。生きてきた人生の長さは74年、私自身の生活、心の動きを含めて、想い出は山のように積み重なりました。寂しいことですが、想い出だけの人生になりつつあります。

 テレビのニュースで何回も取り上げられましたが、フリージャーナリスト安田さんが、シリアで40ヶ月に及ぶ拘束から解放されました。このニュースを見て、戦争カメラマンであったロバート・キャパの本「ちょっとピンぼけ」を思い出し、本箱から探して、パラパラとページをめくりました。この本を読んだのが何時の頃だったか正確な記憶がありませんが、感動したことを思い出しました。多分30代の初めの頃だったと思います。彼自身、戦争の真っ只中にいて、戦争の写真をとり続けました。彼の直ぐ隣の兵士が、銃弾に当たり死ぬことを何度も経験したようです。単に戦闘シーンだけで無く、戦争の時代を生きる民衆の写真も撮りました。戦争の悲惨さだけでは無く、何が戦争を引き起こすのか、人間の心に潜む激情も撮りました。これは、彼の心の中に存在した、絵なのだという人もいます。

 岡村昭彦さんの「南ヴェトナム戦争従軍記」も思い出しました。新書版だったと思います。その本で見た、子供が裸で逃げ回る写真が衝撃でした。結局は、世界一の武力を誇る米国と、農民上がりのヴェトナム兵士との戦いでした。このような悲惨な戦争が、現実に起きているのだと驚きました。何故、これ程までに米国が共産主義を憎むのか、良く理解できませんでしたが、現実だけは分りました。

 安田さんの件については、フリージャーナリストとして、十分な活動が出来ないまま、拘束状態に入った不幸な事件なので、本人としても忸怩たるものがあると思います。ジャーナリストは、自分が手に入れたニュースを世の中に知らせることが仕事ですから、仕事が出来なかったジャーナリストは、辛いと思います。しかし、拘束された40ヶ月の経験も、多くの人が知りたいものだと思います。獄中記のような本を書いて欲しいと思います。今ネットで騒がれている、自己責任とか、英雄とかは、他人が勝手に騒いでいることです。どの仕事も同じだと思いますが、仕事は結果勝負だと思います。私は、安田さんのことを、全くと言って良い程知りません。現在のフリージャーナリストがどの様に仕事をしているかも知りません。しかし、時代が如何に変わろうとも、真実を民衆に知らせる仕事は、民主主義に不可欠のものだと思います。民主主義だけは、男賭しても守らなければならないと思っています。

 

 今日は、私達が住んでいる府中市の四谷地域の「防災フェスタ」が、四谷文化センターで、10時から行われました。私も、アパートの防災委員なので、顔を出しました。アパートの理事会のメンバーも来ていました。いかにも地域の催し物でした。会場には、消防車や地震体験車も来ていましたし、備蓄用の食料も分けて貰いました。また、子供が楽しめるように、玩具の重機でゴムボールを掬い、掬ったゴムボールを持ち帰ることが出来ました。私は、「舫い結び」の講習に参加しましたが、一番覚えの悪い参加者でした。

 1時間ほど参加して、後は中河原の駅の方まで散歩しました。耕作地が残っている場所を、縫いながら歩きました。

四谷地方には、市川家の本家、分家を合わせて、30軒以上の市川家があると思います。現在残っている多くの耕作地の殆どは、市川家のものです。今日、耕作地を辿って歩いていたら、大きな家で行き止まりになりました。矢張り、その大きな家は市川家でした。家の庭にも畑の横にも、赤い柿の実や黄色い蜜柑が沢山ありました。歩いている道には、次々と菊の花が顔を出しました。別の市川家では、庭で米の精米作業をしていました。庭には、大きな紫の花房が、四方に広がっている木がありました。何回も来ているのですが、この木の名前が分りません(思い出せません)でした。作業をしている若い男の人に花の名前を聞いたら、自分は知らないので、母に聞いてくると言って、直ぐに聞いてくれました。ブッドレアでした。後で調べて見たら、和名は、フサフジウツギ(房藤空木)でした。良く花の形を表していると思いました。

中河原駅の近くにでたら12時近くになっていました。吉野家があったので、入ってみると大混雑でした。なんと料理が出て来るまで、20分近く待ちました。余り外食をする事が無いので、驚きました。食後、我が家の方に戻り、近くのショッピングモールに行くと、偶々、散髪屋に客がいなかったので、散髪をして貰いました。吉野家で待った時間より早く、散髪が終わりました。その後、買い物をして家に帰ると、3時を過ぎていました。シャワーを浴び、一休みして、5時頃から、暫く食べていなかった、アサリバター、蛸と貝柱のアヒージョ、トマトサラダを作り、6時過ぎから、仕事が休みの次男と、野球の広島―ソフトバンク戦を見ながら、ワインを飲みました。残念ながら、応援していた広島は、日本一を逃してしまいました。

 

「柿の実の 朱く輝き 枝垂れてる 昔留める 旧家の庭かな」

「秋晴れの 青空の下 畑仕事 僅かな畑地 僅かな農民」

「家族にて 精米作業 珍しき この風景を 何時まで見れるや」

「庭先の 花の名前を 知りたくて 仕事している 家族に割り込む」

「紫の 大きな房の 花の名は 言い得て妙なり 房藤空木」

「畔道も 畑の端にも 菊の花 勢い譲る 秋桜の花」

「水涸れた 用水路の渕 ホトトギス 秋の日浴びる 斑の花かな」

「カタバミと 大して違わぬ 昼顔の 可愛い花咲く 野辺の日溜まり」

「刈り入れの 終りし稲田に 仏の座 群れ咲く様は 春と見紛う」

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