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2018年11月 3日 (土)

2018年11月02日

2018年11月02日

 

 今日も、申し分ない朝でした。朝日が、七生丘陵の家々を照らし、丘陵の上に見える富士の白嶺を、ほんのり朱くしていました。

 山に登った二日間は、テレビと無縁の生活でしたので、世界の動きとも無縁でした。今の世の中は、非常に便利な世の中になったので、携帯電話(スマホ)でテレビ局のテレビを見ることも出来ますし、スマホ独自のニュース提供もありますし、スマホで見る事が出来るネットに、話題のニュースに関しては、種々投稿がありますので、その気になれば、世の中の動きを知ることは、難しいことではありませんでした。しかし、それを敢えてしなかったのです。それだけ、仲間といた時間が、充実していたのだと思います。

私は、年を取る毎に、普段の生活では、テレビで時間を潰すことが多くなっています。久し振りに、時間潰しをしなくても良い二日間を過ごしたわけです。こうした時間を、過ごしてみると、世の中の動きが、自分の生活とは無関係の、空虚な物に感じられるようになりました。世の中が、どう動こうと知ったことか、そんな気持にさえなりました。しかし、私が3食食べて、家を持ち、便利な現代生活を維持できるのは、世界、そして日本の政治経済が安定している事が、前提条件です。しかし、現在の世界の状況は、安定を脅かすような事態になっています。つまり、本来ならば、私にとっても無関心ではいられない状態な筈なのです。それでも、私が死ぬまで、あと10年足らず、その間位、安定は保たれるだろうと思ってしまいます。

今日の夜、録画しておいた「戦後0年」というドキュメンタリー映画を見ました。戦後の悲惨な時代は、私も経験しています。今日の私のような、無責任、無関心では、生きていくことは出来ませんでした。それから私の歳の年数、日本は、民主主義を手に入れ、経済発展し、生活は便利になり、社会保障制度も充実しました。お陰で、働かなくとも、年金で生きていくことが出来ています。戦後の日本の歴史を全部見てきました。そして充分長く生きてきました。あと10年足らず、このままで生きていけるよう願うばかりです。

今日は、素晴らしい天気だったにも拘わらず、1日中家の中で過ごしました。山の仲間との2日間の紀行文を書くのに、随分時間が掛かりました。何時の頃からか、紀行文を書くのが、私の役目になりました。誉めてくれる仲間が居るものだから、必死になって書いています。椎の実を摘まみながら書いたので、椎の実は終わってしまいました。それでも夕方には書き上げ、仲間に送ることが出来ました。肩の荷が下りました。

紀行文を書き終えて、椎の実と一緒に拾ってきた銀杏の始末をすることにしました。銀杏は、椎の実と違って自分で割れてくれませんので、なんとかして実を割らなければなりません。店で売っているような、大きな銀杏であれば、紙袋に入れて電子レンジで温めると、上手い具合に殻が割れるそうです。一度試してみましたが、私が拾ってきた小さな銀杏は、殻が固く、殻が割れるまで温めると、実も破裂してしまいました。そんな訳で、今日は、1個1個ペンチで殻を割りました。1時間以上掛かってしまいました。しかし、実についている渋皮を指で取るのは、更に面倒なので、渋皮の付いた実を茹でて、渋皮を取りました。思った以上に、大変な作業になりました。20個くらい、軽く塩を振って、今晩の酒の摘まみにし、残りは冷凍しました。手間が掛かった割には、余り美味しいとは言えませんでした。

 

「手間かけず 自然の木の実 食べられず 手間暇かけるが 生きる事なり」

 

 

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