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2018年11月 5日 (月)

2018年11月04日

2018年11月04日

 

 今朝は、最近珍しい雲の多い朝でした。それでも洗濯をしたのですが、午前中に小雨がぱらつき、今日は、日光を期待するのは無理のようでした。

 明後日が、米国の中間選挙だそうです。自分の将来を決めることになる中間選挙なので、トランプ大統領が、まるでギャングのように、民主党を誹謗中傷しています。民主党も、これに応じてレベルの低い誹謗合戦に応じる結果となっています。小学校の悪童の喧嘩のようです。これは、つい最近、明星大学の公開講座で勉強した、民主主義とポピュリズムを思い起こさせました。トランプ大統領の言動は、戦前、中国や朝鮮を蔑視し、欧米を鬼畜米英として敵視する事を国民に煽った、日本の軍事政権と同じ事をやっています。自国を窮乏から脱するために、ゲルマン第一主義を唱えた、ヒトラーとも酷似しています。まさしく、ポピュリストです。米国の中に、種々問題があるのは分ります。しかし、その問題は、原因を究明し、他国と関係が有るのであれば、関係国とよく話し合った上で、解決しなければならない筈です。それが、第2次世界大戦の教訓だった筈です。トランプ大統領は、その教訓を無視し、直接の戦争ではありませんが、米国の国力を誇示しながら、経済戦争を仕掛けています。まかり間違えば、本当の戦争に変わる可能性があります。どうしてアメリカ国民は、このような人物を大統領にしたのでしょうか。種々、要因はあるでしょうが、製造業における米国の経済力の低下が、主たる原因だと思っています。白人の中間層の職場が狭まり、プアーホワイト(貧困白人)が増えている事が、原因の1つであると思います。米国の白人中間層が、プールの或る家に住めたのは、昔の夢物語になったのです。トランプ大統領の目指すアメリカファーストは、実は白人ファーストなのです。白人以外は、まともな人間と思っていないのです。しかし、この中間選挙で、トランプは勝利する可能性大だと思います。社会の低迷が、ポピュリストが力を得た、第2次世界大戦前と良く似ているからです。米国国民の良識に期待したいと思います。

 今日、気持の悪いニュースがもう一つありました。安倍総理が、明治から150年を期に、明治神宮を参拝し、日本国家の安全と平和、国民の安寧、天皇家の弥栄を祈ったそうです。彼の狡猾さが見え見えで、気持ち悪くなりました。彼も隠れポピュリストであり、右翼系の支持者が欲しいのでしょう。将来に不安が見えると、どうしても社会が右傾化する傾向にあります。右傾化した国民を味方にすれば、政権は安泰だと思っているのでしょう。政治的には、正しい見方ででしょう。しかし、首相は、もう少し、政治に埋没しないで、品格を持って欲しいと思います。日本の野党にも、安倍総理を力づける要因があります。野党として、政党の進める政策について、広く国民と対話するのではなく、与党の政策の批判に終始するからです。難癖を付けるだけで、国民がついてくると思ったら大間違いです。それでは、野党とは言えないのです。それにしても、政治家と神社の縁は、切り離して欲しいと思っています。どうしても戦前を思い出してしまいます。

 

 今日は、以前、京王線の中に、「京王線で大学祭に行こう」という広告があり、高校に載せられて、首都大学東京の大学祭に行ったのですが、昨日で終わったらしいので、多摩センターにある、東京埋蔵物センターと縄文の村に行って来ました。

 午後1時頃家を出て、午後2時頃に、南大沢の駅に着きました。駅に出て右側に2,3分歩いた所が、首都大学東京です。門を入ると、公孫樹の黄葉は綺麗でしたが、期待していた模擬店も無く、学生達は後片付けに精を出していました。一人の学生に「大学祭は終わったの」と聞いてみたところ、「ええ、昨日まででした」との返事が返ってきました。

 大学祭は諦めて、駅前のアウトレットモールに入ってみました。最近、食料以外、物を買うことに一切興味が無いので、これまで素通りしていたところです。入ってみて、その店の多さに驚きました。大半は、靴、服、バッグ、装飾品でした。店も多いのですが、人の多さにも驚きました。ぐるっと一廻りして退散することにしました。

 南大沢から、次の次の多摩センターへ出ました。実は、多摩センターに縄文の村があることを、今日、永山駅から南大沢へ向かう電車の中から、見かけたのです。場所は、見当が付いていたのですが、2度道を間違ってしまいました。先ず見えたのは、東京埋蔵物センターでした。小さいながら立派な展示館があり、入場は無料でした。縄文から江戸まで、主に多摩地域で発掘された土器が展示されていました。なんと見学者は、私一人で、係員もいなかったので、写真取り放題でした。撮影禁止の看板もありませんでした。各時代の土器を見ましたが、矢張り、縄文の土器が、一番魅力的でした。

 展示館を出て、「縄文の村」に行きました。東京埋蔵物センターの付属施設でした。多摩センターの駅の近くに森が残されていて、縄文時代の家が3軒復元されていました。縄文時代は、農業が未だ行われていなかったと思いますので、家は茅葺きでした。最初の一軒は、縄文時代のままでしたので、中は真っ暗で何も見えませんでした。2軒目は、係員が家の中で焚き火をしていました。家の真ん中に焚き火をするところがありました。縄文人の暮らしがどんなものだったか、良く分りませんが、食べ物を炙ったり、冬は暖を取っていたのでしょう。係員に、「縄文時代は、1万年ほど前なのに、復元できるような家の形が残っていたのでしょうか」と聞いてみました。しかし、係員は、この道の専門家ではないらしく、「さー、どうでしょうね」と言うばかりでした。私と同年配のボランティアのようでした。3軒目は、家の中に電気が点いていました。森と3軒の家だけの「縄文の村」でした。縄文時代に、それ以外があるとは思えません。まさしく縄文の村でしたが、森の側に、京王線・小田急線の高架橋、多摩センターの高層ビル、送電線用の鉄塔が立っていました。日本の歴史の両極端が同居していました。

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