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2018年10月 4日 (木)

2018年10月01日

2018年10月01日

 

 今日は、6時半頃に目を覚ましました。ホテルの窓のカーテンを開けると、朝日が、すっかり海の上に昇っていました。昨日の雨風とは、打って変わった晴天の空の下に、瀬戸内の風景が広がっていました。淡路島から小豆島まで180度瀬戸内の景色を展望できました。

 ホテルの建っている場所は、万葉岬と言い、万葉の故地だそうです。岬から、少し下がった所には、山部赤人の歌碑がありました。瀬戸内の景色を詠んだもので、「縄の浦ゆ 背向(そかい)に見ゆる 沖つ島 漕ぎ廻(み)る舟は 釣しすらしも」とあり、現在、私が見ている景色でした。

 1時間ほど歩いて、ホテルへ戻りました。ホテルも万葉岬ホテルと言います。朝風呂を楽しんでいた時、I氏が顔を出して、8時には、ホテルを出て姫路に行こうと言いましたので、その言葉に合わせて、出発の支度をしました。7時50分には、チェックアウトを済まし、ロビーで待っていると、I氏が下りてきました。相生駅までタクシーを頼んだそうです。8時には、迎えに来てくれる事になっていました。丁度8時頃、目の前の玄関先に、相生駅行きのバスがやって来ました。このバスがあることを、ホテルの従業員が教えてくれなかったそうです。I氏が唖然としていました。バスが出発した直後に、タクシーが来ました。二人でホテルのサービスの仕方に文句を言いながら、乗り込みました。

相生駅には、8時20分くらいに着きました。相生駅から姫路駅までは近いので、在来線で行こうと思ったのですが、8時50分過ぎまで電車が無かったので、8時34分発の新幹線で姫路に向かいました。隣の駅が姫路駅なので、9時40分には姫路に着きました。荷物を預け、軽く朝食を取って、姫路駅の姫路城側に出ると、正面に姫路城が、「私は此処よ、早くおいでなさい」と言っているように立っていました。

シャンゼリゼ通りのように広く、真っ直ぐに姫路城に向かう道を二人で歩きました。道には、多くの彫刻家の作品が並んでいました。I氏は、私より3歳若く、現在清里の方で、山里生活をしていて、足腰も強く、どんどん足早に歩くものだから、付いて行くのが大変でした。お陰で、堀之内の姫路城敷地に、9時半くらいに着きました。何故か、I氏は、姫路城を含む20くらいの博物館や美術館などの、無料招待券の束を2つ持っていて、1つを私にくれました。お陰で、全てが無料でした。

姫路城は、遠望していても、綺麗だと思っていたのですが、近くに来てみると、台風一過の青空を背景に聳え立つ天守閣の威容と美しさは、息を呑むほどでいた。少し歩くと違った形に見え、それが何処から見ても美しく、何枚も何枚も写真を撮りました。今回は、台風のお陰で、予期しないご褒美を沢山貰いました。台風と旅に誘ってくれた友人に感謝です。

天守閣に登って、姫路の町を一望し下りてきたら、天守閣の後ろの青空に、白い雲が流れ、別名白鷺城の姫路城に、白鷺が舞っているようでした。その後、西野丸、化粧櫓などを見て、隣の好古園も見学しました。好古園は、武家屋敷跡を旨く利用して、色んな種類の庭園が造られていました。

12時過ぎに、見学を終り、ビールで喉を潤し、軽く讃岐うどんを食べて昼食とし、姫路駅でI氏と別れました。I氏は、伊丹空港から飛行機で帰るとのことでした。私は、並んで新幹線の当日券を買い、2時発の「ひかり」で帰りました。静岡を過ぎて清水辺りから、車窓に富士の全景を見る事が出来ました。

5時45分くらいに、東京駅に着き、都内にある大学のOB会の会議場に6時過ぎに着きました。会議は6時半からでしたので、私が一番でした。会議は、1時間程度で終り、その後は、何時ものように軽く飲んで帰りました。それでも家に着いたのは、10時過ぎでした。

 

「瀬戸内の 島々の上 日は昇り 出船が見える 万葉岬」

「姫路駅 彼方に見える 姫路城 憧れの地に 我は立ちおり」

「歩く度 姿を変える 白鷺城 何処から見ても 君は艶やか」

「白鷺城 台風一過の 青空に 白鷺擬きの 雲の流れる」

 

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