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2018年10月12日 (金)

2018年10月11日

2018年10月11日

 

 霧の濃い朝でした。天気予報では、午後から雨になると言っていましたが、午前中早い時間帯に、一雨来ました。その後は、雨も降らず、多摩全体に深い霧が立ち籠めていました。

 今、我が家のベランダには、色々な木の実が干してあります。木瓜、馬刀葉椎、鬼胡桃、ムクロジュ、椿、椎などの実です。ビニール袋に入れておいたら、実の水分が袋に充満し、腐りそうになったからです。まさか、固い木の実が、こんなに水分を持っているとは思いませんでした。椎の実は食べますが、他の木の実は、特に何かをしようとは、思っていません。しかし、見るだけで、豊穣の気分が味わえるのです。

 2日ほど前に、テレビのニュースで輪島関が逝去した旨、報じられていました。70歳だったようです。学生相撲の横綱から相撲界に入り、横綱になりました。前褌を取ったら、絶対に負けない、そんな相撲を取っていました。ニュースでも報じられていたように、横綱引退後、親方になりましたが、親方株を借金の担保にしたことで、結果的に相撲界を追放されました。その後、1986年にプロレス界に入りましたが、1988年12月には、突然ですがプロレスも辞めたそうです。

 恐らく、輪島関がプロレスをやっている頃だと思いますが、メキシコで彼と会いました。プロレスの興行をやっている人と一緒でした。メキシコは、プロレスの盛んな国でした。詳しくは忘れましたが、私は、この興行主をホテルに尋ね、治安状況とかメキシコの社会状況を説明しました。この席に、輪島関も同席していました。一目で輪島関だと分りました。ところが、興行主と輪島関との関係は、まるで暴力団の親分と組員の関係のようでした。興行主は、私のような外部の人間の前で、輪島関に「灰皿を持って来い」などと、力関係を何度も誇示して見せました。当時の、大学の相撲部は、暴力団的な雰囲気があったので、彼も知らないわけではないでしょうが、それ故に、一時期、角界の頂点にいた人にとっては、大変な屈辱だったと思います。その光景が目に焼き付いていて、忘れることが出来ません。私は、その後10年近く、海外生活でしたので、その後の輪島関の人生を知りません。良い人生が送れたとは思えません。彼にとって死は、永遠の平安だったのかも知れません。

 今日は、霧と言うより、公害の時のような陰鬱な感じの霞かたでしたので、散歩は辞めようかと思ったのですが、外に出たいという気持のほうが強く、多摩川と大栗川の合流点まで歩いて来ました。

 2時半頃家を出て、多摩川の左岸の土手を、下流に向かって歩きました。草刈り後の丸坊主から、少し草が伸びていました。その中に、点々と黄色い花が咲いていました。コウゾリナかブタナだと思うのですが、良く分りません。草刈りの後出て来たのか、旨く草刈りから逃れたのか、数は少ないですが、ヒメジョオン、ニラ、イヌホウズキ、マツヨイグサの花もありました。私は、このように困難にめげない、あるいは困難から逃れて生き残った草達の花が大好きです。

 関戸橋の工事が始まったようなので、関戸橋を歩いて渡れるか、心配でした。ところが、すんなりと渡れました。しかし、何か様子が違うと感じました。分りました。工事のために仮設された仮橋のほうに、歩道と府中の方へ行く2車線が作られていて、昔の歩道も車線に変更されつつありました。いよいよ、関戸橋の工事も、下流側の半分を架け替える、大工事になるようでした。

 関戸橋を渡り、多摩川の右岸に出ると、君が代蘭の咲いている庭に、葉を落とした柿の木に鈴生りの柿が生っていました。木の下には、熟して落ちた柿も沢山落ちていました。渋柿なのでしょうが、何にも利用する気は無いようです。干し柿くらいにはなると思うのですが、恐らく住んでいる人は老人で、干し柿を作る作業そのものが困難なのかも知れません。余計な心配をしてしまいました。

この家の庭には、日頃は、入れないのですが、今日は門が開放されていたので、入らせて貰いました。

 大栗川を遡ると、未だ草刈りが終わっておらず、ヒメツルソバ、紅白のツメクサ、黄花秋桜、セイタカアワダチソウ、そして、春からずっと咲いている白い花が咲いていました。この花の名前が知りたくて、スマホのカメラで、花の写真を撮りました。早速、花判定機というアプリで、花の名前を調べて見ましたが、タマスダレとかハナニラとかニワセキショウとか、出て来た名前は、全く見当違いでした。矢張り、花の名前は、苦労して調べなければいけないようです。

 大栗川沿いに歩いていると、全天雲の中に、薄い雲の部分があったのでしょう、「この後ろに太陽があるぞ」と分るような明るい部分が出来ました。明るい部分の写真は撮りましたが、風景の中で撮りたかったので、橋の所でカメラを構えたら、明るい部分が消えてしまいました。本当に一瞬の事だったのです。

 我が家には、6時近くに戻り、7時から女子バレーのブラジル戦を見ながら、晩酌をしました。次にステップに行けるかどうかの重要な試合でしたが、最初の2セットを連取した時点で、次のステップに行くことは決まりました。しかし、試合そのものは、その後3セット連取され、負けてしまいました。

 

「刈られても また刈られても 花咲かす 自然に生きる 花の強さよ」

「中秋の 明月過ぎて まだ月見 土手に一輪 月見草の花」

「しぶとくも 秋に花咲く 梅雨草よ 今年の梅雨は 秋に来たるや」

「夏の日が 似合いの花の 芙蓉かな 花梨を横に 今盛りなり」

「葉の落ちた 枝に鈴生り 朱き柿 烏も食わぬか 朽ちるを待ちおり」

「コンクリの 細き割れ目に 根を下ろし 川岸飾る 黄花秋桜」

「紫の 色の抜けたる 力芝 これは見事な 大猫じゃらし」

「叢に 誰にも負けぬ 自己主張 我が世は春ぞ 蒲公英一輪」

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