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2018年2月25日 (日)

2018年02月24日

2018年02月24日

 

 晴れた朝が戻ってきました。地平の方を見ると、春のようなぼかしがあって、富士の姿を見ることは出来ませんでした。

 昨日、「語ろう会」で話題になった、科学技術の進歩と宗教(キリスト教)との関係については、長い論争の歴史がありました。一旦治まったかのような論争が、コンピュータの進歩により、また火が点く気配があります。しかし、最早真剣な論争にはならないでしょう。「人知の及ばない所に、神の意志がある」と考え方を改めて、宗教側が、論争に封印をしたのです。

 最初は、処女マリアが論争の種でした。「処女が子を産むはずはないし、男女の営みの結果生まれた子供が、神である筈が無い」というのが、論争の種でした。その次は、ガリレオの地動説で、次はダーウィンの進化論でした。カトリック教会は、それまでの自説が間違っていることを、認めざるを得ませんでした。科学技術は、更に進歩して、ビッグバンと言われる、宇宙の誕生にまで遡るようになりました。しかし、何故ビッグバンは起きたのか、ビッグバンまで実証的に遡れるのか等々、人知の及ばない所は、まだ山程あります。カトリック教会は、その人知が及ばない所を、神の意志としたのですから、もう、神の本質について、論争の種は無くなったのです。

 論争の種はなくなっても、神は現実から遠いものとなってしまいました。元々、文字を持たない生物には、過去に遡ることも、科学技術を使って自然環境を変えることも、頭脳で論理を組み立てることも、論理(善悪、平等、自由等)によって現実生活のあり方を変えることも出来ません。ただ、現在という瞬間瞬間を生きて行く他ありません。人間以外の生物には、神という概念を認識することが出来ません。従って、神が現実から遠いものになったと言うことは、人間が築いて来た、人間の中だけの神の概念が、変化した訳です。何故か、それは科学技術が進歩し、人間の論理構成の基本に、大きな影響を与えたからと思います。

 所で、昨日、柴又で買ってきた草団子とくず餅の賞味期限が、今日だと言うことが、今日分りました。おやつとして、1週間位かけて、ゆっくり食べようと思っていたのですが、賞味期限が分った後では、そうは行きません。娘に取りに来てくれと頼むと、承知してくれました。

 娘家族は、1時頃我が家に着きました。暫くチェス等をして遊んでいましたが、娘が、草団子とくず餅は、持って帰らず、此処で食べて帰ろうと言いだし、その通りにしました。大人と上の孫は、めっちゃ美味しいと言って食べましたが、孫娘と末の孫は、左程美味しいと思わなかったらしく、残してしまいました。でも、寅さんの話をしながら、皆で一緒に食べて、この方がずっと良かったと思いました。

 2時頃から、この前、末の孫と一緒に遊びに行った、交通公園へ行きました。上の孫達が、話しを聞いて、行きたくなったようです。この前と違って、大変な混雑でした。足漕ぎカート。電気カート、ゴーカートの全てに、長い列が出来ていました。足漕ぎカート、ゴーカートをやり終えて、電気カートの所に行ったら、カートは片付けられていました。4時になって、貸し出しが終了したのです。この前、上機嫌だった末の孫は、今日は、ずっと不機嫌でした。お兄ちゃん達は勝手に遊ぶし、母親もジージも、この前程、自分中心に面倒を見てくれなかったからです。末っ子の宿命ですかね。孫娘は、もっとジージに甘えたい素振りを見せるのですが、あまり構ってやれなくて、寂しそうでした。

 4時過ぎたので、孫達と別れ、散歩を兼ねて、交通公園から歩いて帰りました。1時間15分位の歩きとなりました。最後の頃、孫達を乗せた車が、追い抜いていきました。

 6時半から、寅さんを見ました。昨日歩いた柴又の駅と町並みが、そのまま映画に出て来ました。ただ、映画の中の俳優が、皆歳を取ってきました。45作目ですから、もうそろそろお仕舞いです。柴又にあったポスターに、49作が最後の作だと書いてありました。今日は、帝釈天の坊主が出て来ませんでした。俳優が亡くなったのだろうと思います。寅さんを演じた俳優は、最終作の映画を撮りおわって、亡くなりました。歳を取ると、このような事実が、胸を締め付けます。「とらや」の小父さんも小母さんも、隣の社長も、既にこの世の人ではないのではないかと思います。

 寅さんを見終わってから、女子のカーリングを見ました。なんとイギリスを下して、銅メダルを獲得しました。この競技には、それ程期待していなかったのですが、本当に素晴らしい結果を残しました。よく頑張りました。明日で、平昌オリンピックも終わりです。

 

「孫達と 柴又土産の 草団子 皆で食べれば 話しも弾む」

「孫3人 3台並んで ゴーカート ジージは一人 写真撮影」

「末の孫 兄さん達と 同じよに やりたいけれど 思うに任せず」

「孫娘 甘え足りない 素振りする 弟いたら ジージは冷たい」

「寅さんの 映画の中の 柴又は 昨日歩いた 柴又の町」

「我老いて 俳優達も 過去の人 映画に残る 若き寅さん」

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