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2016年11月 2日 (水)

2016年11月01日

2016年11月01日

 

 今朝起きて、カーテンを引いても、工事の幕がある為、外の景色が朧でした。ベランダに出て、下の方をよく見ると、雨が降っていました。この雨も、午後には止み、その後は久しぶりの秋晴れとなりました。

 大規模修理の工事は、朝8時30分から開始されることになっています。今日も9時過ぎ頃から、玄関の方で大きな音がしました。私の所は、西棟と南棟の境にあり、境目の狭い空間にも、壁があります。当然その壁も補修の対象になっていますので、そこにも工事の足組を作ろうとしていました。足組を取り付ける為の穴を、壁面に空けている音だったのです。止むを得ないとは言え、何時迄続くのでしょうか。

 更に今日、ベランダの隣との仕切りを取り払うと言って来ました。なんとなく、窓は開けられなくなり、ベランダに出難くなりました。こんな感じで、家の中に閉じ込められるのは、精神的にも圧迫感を感じます。外に出る時間を長くする必要があります。

 今日は、次男は、なかなか起きて来ません。朝帰りだったようです。1時15分、次男が起きて来る前に、散歩に出かけました。府中市美術館で藤田嗣二の展覧会をやっているのを知ったので、絵画鑑賞を兼ねて、府中の森公園、浅間山、多磨霊園を歩いて来ました。散歩に出た頃は、スカッとした秋晴れの空になっていました。

 京王線の東府中の駅で降りて、甲州街道を渡り、公孫樹並木の道を鍛え進むと、航空自衛他の府中基地にぶつかります。そこを左折すると、直ぐに府中芸術劇場があり、その隣は、府中聖苑です。ここで前の妻の葬儀をやってから、14年の月日が流れました。聖苑の隣に、府中の森公園の南口があります。小さな梅園と池があり、冬には、マガモがやってくる池ですが、今日、泳いでいたのは、カルガモだけでした。池の淵に、真っ黒い猫がいました。その金色の目が、黒豹を思わせました。池の側には、錦木があり、良い色に紅葉していました。自然の紅葉らしくなく、葉に赤い色を塗ったような感じでした。

 池から、この公園自慢の桜並木へ出て、北口へまっすぐ歩くと、出口の直前に府中市美術館があります。桜並木は、紅葉と落葉が一緒に始まり、裸寸前の状態でした。落ち葉を踏みしめながら歩きました。桜の紅葉した葉は、渋みがあって私は大好きです。

 藤田嗣二の展覧会は、老人割引がありませんでした。この手の展覧会を見に行くのは、老人が大半ですから、老人割引をしては、経費が賄えないのかも知れません。それでも、京王のカードの割引が効いて、800円で入場しました。会場には、東京の外れの美術館にしては、かなりの点数の絵が、藤田嗣二の年代順に展示されていました。

 結論から言うと、私は、藤田嗣二の絵があまり好きではありません。今日の展覧会で、辛うじて良いと思ったのは、芸大時代の2点と、晩年の数点でした。その他の藤田の絵は、絵を見ると他の画家の絵を想像してしまうのです。彼自身として、涙が出るほど美しいと思ったもの、描きたいと思ったものが、有ったのか疑問に思えます。誰かが美しいと思って描いたものを模倣した、彼の絵をみると、そんな風に思えてしまうのです。彼が力を込めて描いたと言われる戦争画でさえ、特にサイパンの自決の絵は、ゴヤだったかドラクロアだったどうか、記憶は定かでは和えいませんでしたが、ヨウロッパの誰かの絵で見た気がしました。戦前、その当時の日本人絵画家が、西欧の絵画の流れをしること、何をどのように表現しようとしているのかを、理解するのは、難しかっただろうとは、理解することは出来ますが。

また、彼の裸婦像は、背景と裸婦の色が酷似していて、私のように目が悪くなると、何処に裸婦が描いてあるのか分からなくなります。藤田も、その事が分かっていたのか、裸婦に細い線で、輪郭線を入れていました。私が少しだけ教わった絵の先生は、輪郭線を入れると漫画になってしまうと言っていました。勿論、藤田の輪郭線は、輪郭線が有るか無いか分からない程、細いものです。何れにしても好きになれません。

美術館を出て、浅間山迄歩きました。途中の道脇で、多分、捩花の花の跡だと思いますが、現前中の雨で残っていた雫が、夕日を受けて輝いていました。水と光が作る美しさは、格別の物でした。畑の柿の実を、雀が啄んでいました。熟しきった実が、赤紫になって、今にも落ちそうでした。この柿は、多分甘柿だと思いますが、雀は渋柿でも食べるのでしょうか、少しだけ気になりました。

浅間山に着くと、今、満開のコーヤボウキ(高野箒)が出迎えてくれました。浅間山は、武蔵野キスゲと並んで、高野箒の群生地として有名です。最初から綿毛のような花が、何本も枝を広げた細い枝先に、沢山咲きます。高野山で、この茎を束ねて、箒の材料にしたので、この名前が付いたそうです。

丘の上の浅間神社から、キスゲ橋を渡って、多磨霊園に出ました。午前中の雨が、幾つも水溜りを作っていました。或る水溜りには、遠くの紅葉したユリノキが映って、良い雰囲気を出していました。霊園の大きな樹木の向こうに、秋晴れの空が広がり、公園の墓石を照らしていましたが、やがて日没の時間となり、空の色も次第に赤みを帯び、霊園は夕闇が迫って来ました。最後の光を受けて、アカマツの幹が、一段と赤く見えました。

霊園と武蔵野公園の間にある、多磨町駅からチューバスに乗って府中駅に出て、聖蹟桜ヶ丘から、バスで我が家に戻りました。6時を過ぎていました。

 

「異様なる 黒猫池の 縁に座し 何処を睨むか 金色の目」

「葉の色が 絵の具の赤を 思わせる 紅葉ではある 錦木の葉」

「捩花の 花々の跡 玉雫 夕日を受けて 水晶細工」

「浅間山 高野箒の 今盛り 綿毛もどきの 花が迎える」

「霊園の 広場に幾つも 水溜り 遠くの百合の木 逆さに紅葉」

「傾いた 夕日の最後の 光受け 赤松の幹 赤さいや増す」

「霊達も 仰ぎて見るや 秋の空 青空いつしか 茜に染まる」

 

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