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2016年11月18日 (金)

2016年11月17日

2016年11月17日

 

 今朝、工事用の幕の内からは、晴れているのか曇なのか、はっきりしませんでした。ところが、朝日は、隣の工場を照らしているようでした。どうしても、きちんと外の景色を見たくなりました。7時過ぎに、幕の外の様子を確かめようと、家の前の多摩川の土手に出て見ました。雲一つない快晴でした。富士も見えました。朝日の中の多摩川の河原も見ることが出来ました。薄の葉が赤枯れて、多摩の河原も紅葉したようになっていました。土手の茅も色付き始め、朝日の赤さも手伝って、河原全体が、ぼーっと明るくなっていました。

こんな幕の内の生活は、うんざりです。それで、工事の終わりが気になっていたのですが、アパートの前の看板に、工事の概要が書いてあり、工事期間は、来年2月26日まででした。あと3か月強の辛抱です。春までには、幕は撮れそうです。

 家に戻って、次男が作って置いてくれたカレーで、朝食を食べ、その後、昨日の鎌倉の紀行文に取り組みました。これまでの山歩きの時、最初は私の趣味の延長で、軽い気持ちで75調の、山歩きの感想を取り纏めました。その後、感想が少しずつ詳しくなり、記録係のようになりました。山歩きに復帰すると同時に、記録係としても復帰した積りで、一所懸命頑張りましたが、完成したのは、1時近くになってしまいました。出来るだけ早く纏めないと、どんどん記憶が薄れてしまうのです。書き上がった紀行文を、山の仲間にメールで送り、ブログにも上げて、肩の荷が下りました。こう書くと、紀行文を書くことが苦労だけのようですが、苦労は同時に喜びであり、生甲斐の一つなのです。

 一段落した所で、昼食を済ませると、次男が起きて来ました。暫く、現在の韓国情勢について話しました。韓国の朴槿恵大統領に対する国民の怒りが、最高潮に達しています。これが、韓国の検察を動かし、経済や政治の実力者が、法を無視したような形で、社会を動かすような現状を変更できれば、韓国社会も大人の社会になるだろうと言っていました。以前、日本の警察が、ロッキードの汚職疑惑の関係で、田中角栄首相を追い詰めたことにより、日本の政治・社会風土は、かなり変わりました。国民は、国の組織が、法に従うこと、つまり法の下の平等が守られないと、誰も自分達を守ってくれないことを知るべきです。裁判所や検察は、法の番人としての職務を、国民が委託しているのです。韓国も同じように、民主主義と言う社会体制を採用していますから、韓国でも同様の筈ですが、韓国においては、未だに財閥の横暴、政治家と財閥の結託等、法による支配が成熟していない状況が見られる様な気がします。民主主義は、歴史的な多くの経験から、人間が到達できた、今の段階では、一番良い社会体制だと思います。日本も韓国も、民主主義社会が本当の意味で導入されたのは、戦後の事です。韓国も、早く民主主義を成熟させるとともに、日韓両国の関係も、成熟した民主主義の下で、発展して欲しいと思います。

 良い天気なので、次男を送り出す前、2時頃から、散歩に出ました。百草園まで歩いて来ました。

 四谷橋を渡り、百草園駅から、七生丘陵に登りました。丘陵の多くを占める、コナラやクヌギの黄葉が始まり、落葉も進んで、森に少しずつ隙間が出来て来ました。今年は、少し遅いような気がします。

 同じく、七生丘陵にある、百草園に着きました。百草園は、梅の名所ですが、紅葉の名所でもあります。但し、規模が小さいことが残念です。この規模で、300円の入場料は高いです。老人割引もありません。今日は、時間が遅かったせいなのか、人の姿を見かけませんでした。しかし、紅葉はしっかり進んでおり、イロハモミジもオオカエデ?(大楓)も真っ赤でした。ただ、日が西に傾いていて、百草園全体が、影の領域に入り、紅葉の赤さが今一つでした。

 隣の百草八幡から、朝日山緑地、桝井緑地へ抜けて、百草観音へ出ました。随分歩いたようですが、皆隣り合わせなので、15分も歩けば、全て歩けます。昔、この辺りは、里山だったと思いますが、里山の名残は、ほんの一部だけで、ほとんどが新興住宅地になっています。少しだけ残った森や畑は、倉沢緑地として、一応保護されています。

 倉沢緑地から、大栗川の宝蔵橋を経て、野猿街道の一之宮に出ました。交差点の近くに、温もり市という、産地直送が歌い文句の、八百屋があります。店頭に並べられた、キノコ類がどれも安かったので、ヒラタケ、椎茸、シメジ、キクラゲと、ついでに泥付き大根と、巨大な男根のようなカボチャを買いました。レジの若者に寄れば、今日、私が買った物は、シメジを除き、全て自分達が作ったものだと言っていました。カボチャは、(ちょっと自信を失いそうですが)、観賞用として、このまま乾燥できるか聞いたところ、若者は、「中身が甘くて美味しいんですよ、食べないのですか? ほっとくと腐るかも知れませんよ、どうなるか私も分かりません」と、なんという変な人だと言わんばかりでした。

 一之宮から、日の落川を通り、四谷橋を渡りました。夕焼けが、川面に映っていましたが、時々鯉が跳ねて、大きな波紋を作り、川面の夕焼けを壊しました。4時半に我が家の前の土手に着いたら、もう日は沈んでいました。富士山の稜線から、稜線の延長線に影が延びて、富士が巨大に成長したように見えました。

 5時近くに我が家に戻りました。丁度、三役の相撲が始まっていました。夜は、次男が作った、「おでんもどき」と買い置きの胡麻豆腐、買って来た大根の葉の塩揉み、作り置きの鶏の軟骨で、晩酌にしました。幕のお陰で、月見酒も富士見酒も出来なくなってしまいました。あと3か月の辛抱です。

 

「薄の葉 茅の紅葉 競い合い 朝日も手伝い 茜の河原」

「百草園 紅葉進むも 日の陰り 赤さ今一 残念至極」

「店頭に 並んだ茸 皆安い どれも採れたて 地場産茸」

「男根の 見本のような 南瓜あり 撫でて擦って 力貰おう」 

「夕焼けが 川面に映り 茜色 意地悪鯉が 波紋をつくる」

「陽が落ちて 稜線上に 影延びる 巨大な富士の 誕生なりや」

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