« 2011年03月28日 | トップページ | 2011年03月30日 »

2011年3月29日 (火)

2011年03月29日

2011年03月29日

 今日は、大学時代の師を偲ぶ会があるというので、朝の散歩を止めて赤坂見附へ出かけました。ところが、会そのものは、大震災の影響で延期されていました。十中八九、そうなるだろうと予測していましたので、急遽都心の散歩に切り替えました。

 赤坂見附から弁慶橋を渡ると、清水谷に入ります。48年前の清水谷は、清水谷公園の右手の丘の林も、今よりずっと大きく、現在維新号という中華料理屋や赤坂プリンス(もう直ぐ廃業する)へ登る道の辺りまで、緑が広がっていました。また、左手には、当時の尾上松緑の屋敷の他に、5-6軒の豪壮な邸宅がありました。どの家も良く手入れの行き届いた、広い庭を持っていました。その家の後ろは、小高い丘になっていて緑が多く残っていました。そんな訳で清水谷は、都会の中とは思えない閑静な場所でした。しかし、変化は既に始まっていました。邸宅の後ろの丘では、翌年の東京オリンピックに合わせ、ホテルニューオータニの工事が突貫工事で進められていました。当時は、こうした開発工事がとても誇らしく思えたものです。

清水谷の奥の突き当たりに、清水谷茶房がありました。奇妙な縁で、この茶房を経営する鹿児島出身の夫婦の一人息子の、家庭教師になりました。番町小学校に通う、小学校4年生くらいの頭の良い子で、家庭教師は不要だと思ったのですが、夫婦は、ひ弱い所が心配でもう少し逞しくなってほしいと願っていたようです。それだったら、私も少しは役に立てると、清水谷に行っては、ありの巣を見つけたり、夏には蜻蛉を採ったり、出来るだけ自然と関わりあうようにしました。もう良い年になっていると思いますが、どうしているでしょう。清水谷茶房は、そのオーナーは何処へ行ったのでしょう。時が流れすぎました。

 清水谷から食違い見附へ登る坂道の途中に、メリノール会という修道会があり、白いマリア様が、清水谷の方へ手を広げていましたが、なんとこれは残っていました。昔はもっと広い敷地だったようですが、周囲のビルに土地を売ったようです。食違い見附を土手に沿って右に曲がると、昔は広い庭を持った和風建築の料亭福田屋がありました。料亭政治のメッカのような所で、何時も黒塗りの車が何台も止まっていたものです。此処も大きなビルの変わりましたが、福田屋は、ビルの1階で営業していました。福田屋の隣は、上智大学で当時は小さなキャンパスのようでしたが、周囲の土地を買い取り、随分大きくなりました。食違い見附から四谷見附までの土手は、真田堀という江戸城の外堀に作られた土手です。現在、桜の名所の一つですが、当時は桜も松も未だ小さく、新しく作られた公園のようでした。来週くらいは、満開になりそうですので、もう一度訪れてみる気になりました。

 四谷見附に出ると、上智大学のシンボルのイグナチオ協会がありました。教会は、今もありますが、セミロマネスク様式で、四谷橋の欄干の洒落た電燈とともに、とてもロマンチックな雰囲気を醸し出していました。その教会も時代の波に乗り、代々木体育館のような近代建築に変わってしまいました。諸行無常、変化は世の常ですが、教会くらいは、昔のままでよかったのではないかと思います。

 四谷交差点を新宿に向かって左側に歩くと、迎賓館に突き当たります。当時は、まだ迎賓館ではなく、赤坂離宮と呼ばれ、ヴェルサイユ宮殿を模して作られた、皇室用の建物でした。当時周囲はまだ草ぼうぼうで、容易に忍び込むことが出来ました。或る日の夜、今で言うデートで恋人と忍び込んだ、思い出しても胸が熱くなるような記憶が、蘇ってきます。彼女の故郷は、

福島県
浪江郡
双葉町
でしたから、若し故郷に戻ったとしたら、今、大変な思いをしているのではないかと、非常に気懸かりです。今日は、期せずして思い出散歩となってしまいました。

 

 私の勝手な書き込みであるブログを読んでくださる人も何人かおられるようで、偶にコメントがあったりして、緊張したり喜んだりしています。今日の福島原発に関するニュースで、原発の敷地内にプルトニュームが発見されたと報道されました。この物質は、ウラニュームと共に想起される核分裂物質で、核爆弾の原料です。ほとんどは、核分裂の過程で生成されるもので、人体に吸収されると非常に有害な物質です。しかも、半減期が焼く2万4千年と長く、人間時間では、ほぼ永久に存在し続けることになります。核爆弾所有国の核実験で、既にかなりのプルトニュームが地球上に散布されていますが、今回発見されたものは、福島原発より排出されたものであることは、ほぼ間違いありません。

 この期に及んでも、政府や原子力安全委員会は、結果報告だけで済ますのでしょうか、こうなりましたとの報告も大事ではありますが、今の時期は、このように対処しますとの意志の表明がもっと大事だと思います。各発電装置の制御室に電気が点灯し、事故対策が一歩進んだと喜んでいますが、この電気は単に明かりとして点いたのであり、制御機能が使えるかというと、その点はに関しては、9部9厘無理でしょう。何度も言いますが、早く放射性物質を封じ込めないと後々大きな禍根を残すでしょう。

 コメントにあった、「平等であるはずの、太陽、空気、水、取り上げないで欲しい」言葉は、本当に重たい言葉だと思います。私は、無神論者ですから、神という言葉は使いたく無いのですが、地球誕生時から存在しているものの不可思議さについては、人知が及ばない為、神と言う言葉を使いたくなります。我々人間の進化の根源であるアメーバの頃から、生命を育むものとして存在し続けた、太陽と空気と水が、神を軽んじた人間の悪戯で、人間の力の及ばない太陽を除いて、人間を滅ぼす存在に変わろうとしています。昔から人間を苦しめるのは、人間しかいないのです。キリスト教や仏教やイスラムの神ではなく、人知を超越した神が与える罰とは、人間の中に存在するのだと思います。人間が、正しいと思っていることの中に、人間が気付けば回避できる罰を忍び込ませるのです。日本が目指した、戦後の復興と豊かさは、私を含め、多くの人が正しい事だと思っていました。この目的の達成の為にすることは、全て正しいと思っていました。産業の拡大のため、より快適な生活のため、我々の社会は、より多くの電力を必要とするようになりました。福島原発もその結果の一つです。神は、人間がその中の罰に気づくかどうか試したのです。あまり好きではないのですが、こういう風に神という言葉を使うと、今回の福島原発の事故とその対策の不手際は、人間の愚かさを非常に旨く言い表せると思うのです。神という言葉などを誓わなくても、別な言葉で簡単に言えば、「過ぎたるは、及ばざるが如し」、節度をわきまえなさいです。とは言うものの、節度を守るのは、非常に難しいというのが、神の罰でもあります。

 

|

« 2011年03月28日 | トップページ | 2011年03月30日 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

初めまして、清水谷茶房で検索して こちらにたどり着きました。
若い頃こちらでウエイトレスのバイトをしていましたので懐かしくなりました。50年くらい前だと思います。

投稿: アーントキャット | 2020年6月16日 (火) 07時04分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 2011年03月29日:

« 2011年03月28日 | トップページ | 2011年03月30日 »